「ああっ、もうこんな時間じゃないの!」
振動でブレる腕時計を見ながら、私は走った。
紙袋の角が腕にばしばしと当たって痛い。
人の波をぬって、時々人にぶつかりながら。
私は、走っていた。
「誕生日ぃ?」
数年越しに聞く元同級生の声は、電話越しではどの様に変わったか分からなかった。
ベランダに出て、隣の部屋の鯉のぼりを見る。
「子どもの日だなんて……ホント似合わないわねー」
『うるさいな、しょうがないでしょ』
「で?プレゼントもってこいって?」
『違うよ』
「あん?」
『会いたいって言ってるの』
「……アンタね、そういう事は元カノか現カノに言いなさい」
『ヤだ』
否定しないってことはコイツ彼女がいるのか、過去にいたのか。
ムカツくな。
「まぁいいや、とりあえず場所と時間だけ聞いておく」
『ちゃんと来なよ』
「スケジュールがあえばね」
雲雀は少し沈黙してから、場所と時間を伝えた。
私は簡潔に返事すると、仕事があるから急いで電話を切った。
そんな事が朝あって。
私は結局間に合いそうだなーと楽観的に考えていた。
だから、プレゼントを休憩時間中に買ってしまって。
……でもぶっちゃけ、遅刻中なのよね、今。
けど、買ったからには渡したいと思って、全速力中です。
低いヒールの履いてて良かったと思う。
「お、わっ」
人に思い切りぶつかって、私はよろめいた。
――瞬間、手首をぐい、とつかまれる。
「!?」
「どこ見てるの」
「!雲雀!」
「やあ」
雲雀は私の腕を綺麗に引っ張り上げ、体勢を戻してくれた。
私といえば、それまで全速力で走っていたので、息が上がってきた。
脳が酸欠で、くらくらする。
雲雀がそれを見て、顔をしかめた。
「……別にゆっくり来れば良かったのに」
「あんねー……アンタがっ、来いっつったんでしょ!」
ばしん、と紙袋を叩きつけるように、雲雀の胸に預ける。
「馬鹿だね、君は」
「あ、ん?テメー……シメるぞ」
「やれるもんならね」
しれっという雲雀にこめかみが小さくひきつる。
数年越しなのに、何も変わってないなと思った。
『電話、早くでなよ』
『うっせ……朝から』
あの日も確か、子どもの日。ていうか、絶対そう。
あの日も、私は誕生日だからという理由で呼び出された。
『私もヒマじゃないんですけど』
『家でごろごろしてるクセに?』
『……なんで知ってるんだ』
まぁかけなよ、といわれて、私は応接室のソファに腰掛けた。
『来年は、並盛にいるかどうか分からないからね』
『ハァ?アンタ、どっかいくの?引越し?』
『別に』
『ふーん』
その時は非現実的過ぎて、あの並盛スキーの雲雀が並盛から消えるなんて思ってもみなかった。
いや、時々噂くらいは聞いたけどね。ヤのつく職業についたとか。
それから色々喋って……途中から、私の愚痴だけだったわね。
クラスメイトの不満とか、あの先生が嫌だとか。
雲雀が自分の誕生日なのに、やけに真剣に聞いていて、おかしかったのを覚えている。
そして、雲雀はどこかへ行った。
「――仕事があるから、戻ってきた」
「ふうん?」
雲雀は私のあげたプレゼントを眺め回してから、紙袋にもう一度入れなおした。
公園のブランコの柵にもたれながら、今までの事を聞く。
「……」
本当は今日朝、電話が掛かってきて。
やっと戻ってきたんだ、と少し嬉しくなったのも、事実だったりする。
言わないけどね。似合わないし。
「来年はいるの?」
「さぁ、でもしばらく並盛にいる」
「……アンタ、何の仕事してんのよ」
「……」
雲雀は沈黙して、こちらをじっと見てきた。
気まずくなったので、「まぁいいわ」と話題を完結させた。
変わったようで、変わっていない。
そんな事実に喜ぶほど子ども……ではない。
けど、その雰囲気に落ち着いているのも確か。
昔と光景がダブるから、少し面白かった。
「ねぇ雲雀、公園にいるのもなんだから、どっかお店入ろう」
「……」
「大丈夫だって、人多くないところにするから」
折角どっちもお酒を呑めるようになったんだし?
「ちょっと、愚痴でも聞いてよ」
「……いいけど?」
Il tempo trascorso assieme
【一緒に過ごす時間】
もう少しだけ、雲雀と一緒にいようと思った。
5.5