「「あ」」





道でばったり出会ってしまった相手に対して、俺は苦い顔をする。
相手――ロマーノも同じく、苦い顔をする。





……俺とこのロマーノはものすんごく、仲が悪い。

以前スペインかフランスだったか、「ロマーノは照れているだけだ」と弁解してきたが、
即座にロマーノは否定し、あまつさえ俺に死ねと宣告してきた。

ぶっちゃけ俺も、ロマーノと仲良しこよしと手なんぞつなぎたくもない。こっちから願い下げだ。






……ここで会ったが百年目(あながち間違いではない)。





お互いに距離を詰めて、
お前に不幸が降りかかれ!と言わんばかりにリップサービスな笑顔をお見舞いする。





「「……」」





にっこりと、ブリキ人形のごとく冷たい笑顔をしたまま数秒。





――突然、俺たちの隣を、モノスゴイ美人が通っていった。





「「!」」





艶やかな唇が弧を描いていて、鼻筋は通っているわけでもないがかわいらしい。
綺麗な目を長いまつげで縁取り、頬は健康的に朱が指している。

堂々と歩くその姿はトップモデルのようでもあった。

ついその美貌に目が行き、相手から目をそらす。
ハッとして相手に目線を戻すと、相手もたった今俺に目線を戻したところだった。





「「……」」





お互いににっこり、とリップ以下略の笑顔を零し。





全力で先ほどの女性の方へとダッシュした。
……てめぇついてくんじゃねーよ!





●○●○





「おうぁっ!」
「へへっ」





俺より一歩先で余裕の笑みを見せていたロマーノの襟を引っ掴む。
ボールが跳ね返るようにこちらに戻ってきたロマーノの耳元辺りで叫ぶ。





「テメー抜け駆けしてんじゃねえよ!」
「邪魔すんなこのやろー!」
「テメーなんぞAVでも見て満足しやがれ!」





ぎゃあぎゃあいいながら逃げ出そうとするロマーノを突き飛ばし、
俺は3メートル程先にいる彼女の元へとかけた。





ふはは!尻餅を付いて呆然としたロマーノの顔が清々しいぜ!





彼女は街灯にもたれかかり、遠くをぼうっと見ていた。
俺はゆっくりと笑みを装備して、彼女に話し掛ける。





「すいません」
「……?はい?」





正面から見る彼女はやっぱり美人。
しかしよくよく見ると、丸っこい目や前髪を下ろした顔は、可愛らしさもあった。

にんまりと緩みそうになる顔を叱咤して、「失礼ですが、」と続けた。





……いや、続けようとした。





「……てめー!何すんだこのやろー!」
「っいってええ!」
「きゃっ!」

突然、ぐい、と自慢のサラッサラヘアを引っ掴まれた。
後ろには若干涙目のロマーノ。

「く、」

俺はぐぬう、と口を結び、ロマーノの足を蹴った。

ロマーノは「いってえええ!」と叫びながら俺の頭から手を離したが、
その代わり背中を思い切りグーで殴りやがった。

俺はがくんと背中を曲げ、後ろを振り向く。





「てめー何すんだロマーノコノヤロー!」
「俺の台詞取るなこんちくしょー!」
「んだとゴラ……ァ……」





……ハッ、いけねえ。





まだナンパの途中じゃんと、思いつつ、慌ててロマーノの襟元から手を離し、
一歩退いていた彼女に向き直る。

「すいません、アレ、弟でして、」
「……はぁ、」
「それでですね、この後、」
「あ、」





彼女が小さく声を上げる。

「?」





目線が俺から外れ、――嫌な予感。
俺は恐る恐る、彼女の目線を辿った。





「――ごめん、待ったかい!?」
「ううん、いいのよ」





満面の笑みで、手を振る好青年。

そんな見知らぬ男(俺もだが)に、笑顔で駆け寄る彼女。
その笑みは聖母というより天使であり――

「……っ」

俺は地団駄を踏んだ。





「……畜生!男待ちかよ!」





――花嫁のようでもあった。





●○●○





彼女に話し掛けられた分、ロマーノに勝ったと喜ぶべきだろうか。
俺は俯き、ロマーノもぽつんと佇む。





「「……」」





ひゅるる〜とかいって、枯葉が舞いそうだ。

「……」
「……、」

ロマーノと目線があって、俺は一方的に目をそらした。
気まずさと恥ずかしさで、いたたまれない。

ぎゅ、と一度眉根を寄せてから、帰ろう、と口の中で呟いた。





敵に背を向け、すたすたと、俺は落ち込んでいないオーラを出して歩く。
人込をすり抜け、せっかくいい女だったのになぁ、と溜息を漏らす。





「お、オイッ!待て!」
「……あん?」





くい、と服の端をつかまれ、俺は低い声を出した。
後ろを振り向けば、かすかに睨みを効かせたロマーノ。

「……彼女に声をかけられなかったからって俺に当たるなよ」
「お、お前の所為だろッ!」
「というか、もう行くからな。お前とは0.000001秒でも一緒にいたくねえ。可愛い女性なら大歓迎なのに」
「ま、待てっていってんだろこのやろー!」

するすると歩いていく俺を、ちょこちょことついてくるロマーノ。
少しイラッ、としたせいか、血管が浮かび上がるのが自分でも分かった。





今度は後ろを振り向かず、悪態をつく。





「なんだよ、うっぜえな」
「なっ」

ロマーノがかっとなったのか、俺の背中をばしんと殴った。
俺は停止して、ロマーノを睨むため後ろを向いた。

「な、んだよ!」
「……」
「そんなに見るなっ、このやろー!」
「……」

何も反応を示さない俺に、ロマーノはわたわたと慌てる。
……。
……、……。





「ぶ、」

その様子が滑稽すぎて、吹いた。





「な、」
「……っ」

俺は笑いを堪えるために、地面をけって走り出した。
ロマーノもワンテンポ遅れ、俺を追いかける。





「てめーこのやろー!笑ってんじゃねーぞ!」
「うっせー!かえって小便して寝ろ!」





つい、声に笑いが混じる。





……こうして俺は、ロマーノに対して、"楽しい"だなんて感情を抱いてしまったわけだ。





一生の不覚
……俺、いっぺん死ね。