【6/13】。
携帯画面の端には、そう日付が表示されていた。
つまり今日は、骸の誕生日から、約4日経っている……。
「……経っている、じゃないでしょう」
「……むくろーあけてー」
がちゃ、と小さく音がして、ドアの隙間から骸の赤い目が覗く。
姿を見たら、少し安心した。本気で怒っているわけでは無いようだ。
ただ、未だに中には入れない。ドアにチェーンが掛かっている。
明らかにセールスか不審者扱いだ。
「まさか出張になるとは思わなかったんだって」
「……君、さっき何を見てましたか」
「日付?」
「何で」
「携帯で」
ほら、と薄い携帯をちらつかせる。
「Y」という文字の付いたストラップが揺れる。もちろんこれは、六道の『Y』だ。
骸はそのストラップに目をやると、「まだつけてたんですか」と小さく呟いた。
俺は骸に顔を近づけた。
「ねー、あけて」
「……君、何でそんな便利なものを持っていて、僕に連絡一つよこさないんですか」
「ホテルに忘れたり、夜中疲れて眠ったりしてたから、殆ど持ってない状態だった。
ていうか、携帯の存在すら忘れてた」
「阿呆さん……、さようなら!」
「ああああ!」
がん、と思い切りドアを閉めてしまった骸。
俺は、宙に浮いた手をそのままに固まる。
しばらくして、手をぱたんと落としてから、俺はドアに凭れた。
「なー……むくろー……今からでもいいじゃん……祝おうよー……」
そう言って5秒くらいして、小さくまた、扉が開いた。
……チェーンも未だに掛かっているが。
「……別に僕は、特別に祝ってもらえないくらいで拗ねませんよ」
「うん、知ってる」
「……。……ただ、連絡くらいはよこしなさいと言っているんです。
忘れられたかと思ったでしょう」
「ううん、忘れて無かったよ」
仕事中も、休憩時間も、寝る少し前も覚えてたけど、睡魔に勝てなかった。
そう言って苦笑いしたら、骸は冷ややかな目で俺を見下ろした後、
「土下座したら、いいでしょう、許してあげます」と鼻を鳴らした。
「……」
俺、周りを見回す。
だってマンションだし。
それから、ゆっくりと膝を付いた。
「……えーと、ごめんなさい」
微かにざらざらする床に手をついたら、かちゃかちゃと、チェーンの外れる音がした。
俺は嬉しく思いながらも、顔は上げなかった。
「……入っていいですよ」
「……うん」
背広を脱ぎながら、扉を開けた。
骸は、背中を向けて、一足先にリビングへ向かおうとしていた。
俺は背広を腕にかけながら、「骸、」と名前を呼んだ。
骸は振り返らず、何ですか、と返す。
「……ただいま」
「……おかえりなさい」
「……愛してる」
骸が、目を見開いてこちらを振り向いた。
「……な、ッ」
「あー……、」
見る見る内に赤く染まる、骸の顔。
それを見ていたら、俺も熱くなってきて、少しネクタイを緩めた。
……実はコレ、骸の誕生日を祝えなかった代わりに、計画していたこと。
帰ったら、「愛してる」と言うつもりだった。
もうちょっとスマートに、カッコよく言うつもりだったんだけど。
いつも、「愛してる」というのは骸。
俺も返したいし、言いたいことは言いたいんだけどね。
「その……何。いつも、恥ずかしくって、言えないから。
本当は言いたいんだけど、」
「……いいですよ」
しどろもどろになりながら、言葉を紡いでいたら、骸はゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
顔は俯いているので、喜んでいるのか、よく分からない。
骸が不意に、顔を上げた。
目元が赤い。目が、艶やかに光る。眉は八の字だった。
骸は腕で目を拭うと、ゆっくりと笑った。
「くふふ……僕も、愛してますよ」
そう言うと、骸は俺の首に腕を回して、ゆっくりと、
「ふ、」
キスしてきた。
驚いた所為で、口から小さく息が漏れる。
ゆっくりと唇を離すと、二人して、目を合わせなかった。
「……」
「……、」
沈黙を、骸が少しもじもじしながら、拗ねたように切り出した。
しかしその声色に、喜びが混ざっているのは、なんとなく分かった。
「……ご飯、食べますか」
「……うん」
ありがとう、骸。
生まれてきてくれて、飯を作ってくれて、キスしてくれて、恋人になってくれて、
「へへ、」
「……何笑ってるんですか……気色悪い」
顔が熱いけど、もの凄く、しあわせだと思った。
幸福を君に
(そだ骸、ケーキ代わりにチョコレート買ってきた。ケーキだと生ものだから)(……ご飯の後に食べましょう)
6.9