「戦かー……」
「また……2人で?」
「うん」





小さく背を丸めてそう聞いた春斗に、はうなずき、盃に口をつけた。





透き通った水には、月がゆらゆらと映っていた。





月と魚

「……あんまり、呑んだら」
「ん、分かった分かった」

心配そうな顔をする長身の男に、は苦笑した。
ゆっくりと、膝の上に盃を置く。

風で、酒の香りがふわりと飛んだ。

「何処と……?」
「甲斐」
「…?」
「上杉と同盟組んだんだと」

春斗はじっと黙った。

「俺は……連れて、行ってくれないんですか」
「ん。春斗はさ、私を城で守ってくれたらそれでいいよ。
あと、私が居ない間に、皆を守る。
私も春斗を守ったげる」

ひひ、と悪戯っぽく笑うの顔に、ぼんやりと鈍い月の光が射している。

決して戦を売る事の無いが、春斗は好きだった。
「守る」ことだけ考えて、「攻める」ことは考えないが。

この城に、兵は数人。
戦う事はごく稀。
それ程までに、の戦闘能力は確かだった。

自分はそんなに役に立たないだろうか、と思って、春斗は膝に顔を埋めた。
同時に、「守ってあげる」という言葉に恥ずかしくなり、少し情けなくなってしまった。

はそんな春斗を穏やかに見てから、月を見た。
城の屋根の上からなら、綺麗に景色が見える。

「春斗は実に飲み込みが早い。酒が布に染み込んでくるより早いね」
「……だったら」
「私は、帰る場所が在った方がいいと思うんだよ。私はね。
勿論、そこに誰かいなきゃ意味無いけど」
「……」
「だから、春斗には、この城にいる皆を守ってて欲しいんだよ。
綺麗ごとっぽいけどね」
「……幸助だけ、ずるい」
「拗ねない拗ねない」

ぽふぽふ、とは春斗の頭を撫でた。
大きな背中が、今は小さく見えた。





「ここの城の、下んとこの桜。綺麗に咲くっしょ?」




唐突な質問に、春斗はこくんと頷いた。





「だから春斗の名前は、そんな桜が咲く春にしたんだよね。
あそこの桜見ながら、酒でも呑んで死ねたら最高だ」
「……そんなこと、いわないでください」





死ぬなんてこと、考えた事も無かった。
春斗は頭を巡らせた。

あの日から、ずっとのことを考えたり、幸せな日々を考えて生きてきた。





死ぬなんて。





…………でも、だったら。
だからこそ。
凄く、凄く、不服だけれど。

「待ってます……絶対に、帰ってきてくれるって、」
「ん、約束な!」

いつのまにか絡められていた小指に、春斗は少しだけ頬を緩めた。

「ゆーびきーりげーんまん、うそつーいたーらはりせーんぼーんのーます!
ゆびきった!」





冷たい気持ちは、冷たい夜の暖かい月に溶けて消えた。





080725