「いやぁ、呑んだ呑んだ!」
は大きく、着流しの腹をぱふぱふと叩く。
そして、佐助の座る縁側に腰掛けた。
酒に泳ぐ
「ししょ〜…どんだけ呑むの」
「そこに酒がある限り」
げっそりとした顔の佐助に対して、は艶々した顔をしている。
ふう、と吐かれた息には、酒臭さがまじっていた。
くる、とが佐助の方を向く。
「いやぁ、それにしてもさっちゃんおるとはねぇ。でかくなったじゃないか」
「ちょっ、やめてよ」
ぐりぐりと頭を撫でまわしながら、はにやにや笑った。
――それは昔。子供の頃。小さなはまだ、髪が長かった。
「思い出すなぁ」
盃を持った手を、する、と撫でた。
神隠しにあった「小さな」は、
大きな草むらの中、修行中の佐助と会ったのだった。
――初めは互いに警戒しつつ、されていた。
しかしやはり子供だったせいか、次第に仲良くなった二人は、
互いに名前をどう呼ぶか決めた。
*
それまでは、「橙」「姫」と互いに呼んでいた。
は桃色の着物を着ていて、一目でいいところのお嬢さんだとわかるし、
佐助は、髪が橙色だったからだ。
「ねぇ、名前なんていうの」
「俺様は姓も名前も『さ』がつくよ」
佐助はにっこりと笑ったが、名前を教えなかった。
はきょとんとすると、
「じゃあさっちゃん!」
と言った。
佐助は座っていた場所から、ずる、とこけた。
それから、唇を尖らせる。
「えー俺様やだ、そんな女みたいな……」
は大きな目をくりくりさせて、首を傾げた。
「いいと思うけど……。じゃあ、私は、師匠って呼んで」
は自分を指さし、佐助にずいっと顔を近づけた。
佐助は目を見開きながら、問い返した。
「……なんで?」
「さっちゃんは、師匠さんを『師匠』って呼んでいるんでしょう?
だったら、私の名前も師匠にしておけば、呼び間違えないし、忘れないよ」
名案だ、と佐助は思った。
は顔を遠ざけると、へにゃり、と笑った。
今までで一番やわらかくて、うれしそうな笑み。
佐助は、一瞬ぽかん、としてから、ぼっと顔を赤くした。
それから、もごもごと呟いた。
「わ、分かった……師匠」
は、へへ、と笑った。
*
「あ、やべ、思い出したらさっちゃんたら可愛い」
「はぁ!?」
はごろんと横になると、頭を佐助の膝にのせた。
「ちょ、師匠?やめてよ、膝硬いし」
「いやでーす。私は一国の主なるぞお。無礼を働くなあ」
「じゃあもうちょっとしっかりしてよ!」
はぁ、と佐助は溜息をついた。
はごろんと仰向けになって、佐助の顔を見た。
「……色男め」
「え?」
はにやっと笑うと
「ふー」
息を吐き出した。
「え、ちょ、酒くさっ!」
「あはは」
は大きく笑うと、佐助の頭をくしゃりと撫でてからごろんと空の方を向く。
月は鈍く、光っていた。
080831