「あわっ……あわわわわ、」
「ほらほら、自分で進んで」
「あ、ちょ、タンマタンマ!」





もう殆ど泣きながら、私は叫んだ。

後ろからぐいぐいと私の背を押していた日本さんが、
やれやれと言った風で一度手を休める。
私はほっとして、肩から力を抜いた。





「……」





それから、自分の格好をもう一度眺める。

……胸元開きすぎ。
私は小さく心の中で呟いた。
いつもはTシャツだ。それと、こんなにぴっちりとした服は着ない。

下に目線を向けてみる。視界に入るのは、
ふわふわした布に覆われた自分の下半身。

太股の中間から下辺りがスースーしている気がしてならない。
妙な違和感が、羞恥心を刺激する。





私はスカートの裾を掴んだ。少しだけ、下にぐーっと引っ張りながら。





「あの、日本さん……私、スカートって全然履いてないんス。
いっつもジーパンばっかだし……。だからー、あのー、あのぉ、」





一応服を貰った相手という気まずさから、言葉はリピートを繰り返す。
日本さんは続きの言葉を遮るように、にっこりと笑った。





「よく似合ってらっしゃいますよ?」
「や、そーゆう話じゃぁなくて、」そもそも似合ってない。

「さぁ、早く行きましょう。イギリスさんが待っていますよ」
「だ、駄目っス!絶対笑う、あいつ、わらいますよお!」





いつもはボーイッシュな格好をして、髪だって短め。
そんな私がこんなに可愛い服を着ていたら、
きっとイギリスじゃなくたって腹を抱えて笑うだろう。





口をもごもごさせていたら、日本さんが真剣な顔をしてこちらを見てきた。





「大丈夫ですよ、さん。とっても可愛いです。だから自信をお持ちなさい」
「……」





……これ、逃げ道が無い。真剣すぎる日本さんに、私は泣きそうになった。

日本人お得意の空気読みが威力を発揮して、
私のお返事はイエス意外に存在しなくなった。
こういうとき、アメリカ人にでも生まれたかった、って思う。





口から、あう、あう、って赤ちゃんみたいな戸惑いの息が漏れる。
もうやだ、目がつんつんしてき「日本、終わった……か……」





……神様神様。
どうか後ろにいるのが
「い」がついて「ぎ」がついて「り」がついて「す」がつかない人でありますように。





日本さんが顔を上げて、「はい、終わりましたよ」





「イギリスさん」





ジーザス!!!!





あーもう、どうしたらいいんだろう、走って逃げてもいいかな、でもこんな格好だし、
ていうか日本さんがくれた服だし、うわーうわー「ほら、イギリスさんですよ」





「お、わっ」





日本さんに肩をつかまれ、ぐるっ、と強制的に後ろを振り向かされた。
少しきつい体勢を直すため、足が自動的に地を踏み直す。

あんまりにも恥ずかしかったので、
目はイギリスがいるであろう方向から、90度くらい逸れた場所を見つめる。





「……、」





けれどもイギリスの反応が気になって、
眼球だけ動かして、イギリスをちらっと見る。





……あ、れ?





「どうですか、イギリスさん」
「あ、ああ」

日本さんとイギリスの会話が、トンネルの中みたいに遠い。





……な、んか、顔、赤く、なかった?
え、あ、あ?見間違い?じゃないよね?あれ?え?ええ?





「ほら、さん」
「あ、う」





またもや日本さんに背中を押されて、
視界は殆どイギリス(のスーツ)しか見えなくなった。
これでは視線をいくらずらしても、腕くらいは視界の端に映る。

どうしようかと思いながら足をたもたも動かして、爪先に力を入れる。





と、突然、イギリスのスーツがフリーフォールのように落下した。
否、イギリスがしゃがんだ。





「!?」





あたふたしている間に、イギリスの顔が目に飛び込んできた。
すぐに目線を下へ落とす。
イギリスは小さい子が転んだ時慰めるみたいに、片膝を地面についていた。

汗ばむ手の指を、必死に擦り合わせる。
煙でも出て、私をここから逃がしてくれないだろうか。





イギリスの顔を見ないまま、私は小さく口を開いた。
喉から抜ける息が、ふるふるしている。





「あの……似合わっ、ない、よ、ねえ」





ほぼ決定した問いかけをする。疑問符をつける必要なんか無い。
……ていうか、早く似合わないって言ってよ。笑ってよ。気まずいじゃん。

目をぎゅっと閉じて、お説教を待つ子供みたいに縮こまる。





「……そうだな、」





肯定したように思えたが、その言葉は続きを含んでいた。





「……、?」ちらりとイギリスの顔を見たら、
イギリスは眉を下げて、困ったように笑っていた。





初めて見る表情に、全身と眼球が強張る。
……何だ、その顔。





イギリスはそのまま、少し目線を落として、言葉を続けた。





「似合ってるぞ、その……格好、な」





最後は照れたのか、少しだけ早口だった。





裸足で逃げたい
照れちゃったじゃんか!