「あ」

偶然、何年か前の仲間”だった”少年に逢った。

*****

あの日、骸君が差し伸べた手を私は嫌だったのか、つかめなくて。
嬉しいはずなのに、「綺麗でいたい」なんて汚い事を言って、
私はそこで、別れた。

皆より七歳も年上の私は皆に「姉!」とか「さん」なんて呼ばれて。
辛くて、白だらけの実験室にどこか嬉しい気持ちがぽつぽつと湧いてて。

でも、結局差し伸べてくれた手を私はいらない、って言っちゃったんだ。
骸君は「いいですよ」って言ってた。
ごめんね、って言って、私は自分の書類とかを全部ちぎって、
そのまま、あそこから出た。

*****

「千種君?」
「…さん」
「あ、覚えてたんだ」

和むような雰囲気とは裏腹に私の心はドキドキしていて。
もう二十歳になっちゃったし、わからないかなぁなんてどうでもいい事を気を紛らわすために考えていた。

どくり、どくり、と心臓が打って、

裏切り者、っていわれるのかな、とか。
いろいろ考えて、頭がぐるぐるした。

「久しぶりだね」
「…」
「ねぇ、今どうしてるの?」
「…」
「……何、か、喋って、よ」
「…喋る事、無いし」
「二人は?」
「…いるけど」
「…そっか」

どこか会話がさめてる気がした。
怒ってる、んだなぁ、

「千種君」
「…なんですか」

昔の、癖。年下の私に対しての、敬語。
涙があふれそうになって、しどろもどろに会話をつなぐ。

「私、のうちにおいでよ、オムライスでも、ハンバーグでもなんでも作ってあげるから」
「…」
「千種君のも、作ってあげるから」
「…」





「いつでも、いいから、戻って、きてよ」





一度で、いいから。

その言葉は、千種君の抱きしめてくれた体温に奪われてった。





Orange





昔、「」さんという人が居た。

暗い大人たちの勝手な実験所の中で、
母親のように(母親、なんて分からないけど)
優しくしてくれて。(そういえば、さんは7つも年上だった)

あの日、骸様が現状を壊したときに、
唯一、着いてこなかった人。

「ごめんね」って泣きそうになりながら、
書類を破る。

骸様は「いいですよ」と、少し寂しそうな顔だった。

きっと彼女にとってもキツい世界だって。
これ以上壊れたくないって。
優しい彼女の、初めての我が侭だった。(でも、我が侭なんかじゃない)

(それが普通)(それに、自分たちも望んでなかったから)





(あの人のあの暖かい手を汚したくないって)





*****

なんという、偶然…だろうか。
彼女にあの日以来に会ってしまった。

彼女は、確かめるように
「千種君?」
と自分に問い掛けた。

彼女が、いる。

「あ、覚えてたんだ」

って笑う顔は綺麗だったけど、
どこか、「ごめんなさい」って言ってるみたいだった。

彼女…さんは何も悪くないのに。





「久しぶりだね」
問い掛けられても、黙ってて(そんな顔、しないでください)
「ねぇ、今どうしてるの?」
(黙って、ごめんなさい)
「……何、か、喋って、よ」
「…喋る事、無いし(彼女が、自分のせいで泣きそうなのに)」
「二人は?」
「…いるけど(なんでこんなにそっけないんだ)」
「…そっか」

きっと、落ち着いてみれば、何年ぶりに逢ったから、なんて話せばいいのかわからなかった。
さんも、今は二十歳にはなってるはずだし。

「千種君」
「(!)…なんですか」

今、自分でも驚くように、昔の敬語が戻った。
さんが、きっと泣きそうだったから。

「私、のうちにおいでよ、オムライスでも、ハンバーグでもなんでも作ってあげるから」

大きな目に、たまる涙。

「…(泣かないで)」


本当は


「千種君のも、作ってあげるから」
「…(…っ)」





「いつでも、いいから、戻って、きてよ」





初めにその言葉が欲しくて。
(でも、欲しいって言えなかった)
(意地、張りすぎ)

あの日の、暖かい手に、(撫でて、ほしくて)





何度も、戻りたいと思ったから(あの、地獄の場所じゃなく、貴方のところへ)
(そう、思って思い切り彼女を抱きしめた)