「最低限喋る事が出来れば、私はそれで構わない」
*
彼女― ―は小柄で、大人しい子だった。
喋り方は変わっていて、辞書で引いた言葉をそのまま言っているような感じで。
無表情だった。
「ねぇ」
「?」
ゆっくりと振り向いた。
ここは図書室。
他の奴らは僕に怯えて出て行った。
僕は彼女に話し掛ける。
「何読んでるの」
「Day of snow」
発音が良い。
手にはすっぽりはまりそうだけれど、彼女の手には大きい文庫本だった。
「へぇ、どんな本?」
「…ダーク」
「ワォ」
そんなの、読むんだ。
「でもこの前別の本読んでたよね」
「…」
「本、好きなんだ?」
彼女は、小さくこくりと頷いた。
彼女は椅子から立ち上がると、本を僕の前に突き出す。
「読んで」
「?貸してくれるのかい?」
彼女はまた頷く。
「名前。今度本を取りに行くから」
彼女の言葉に、少し笑みを零す。
「雲雀恭弥」
「…恭弥」
「…ワォ(いきなり、名前で呼ぶんだ)」
「…雲雀?」
「恭弥でいいよ。僕は応接室に大抵いる
おいで」
「…」
彼女はそのまま本を押し付けると、図書室を出て行った。
*
応接室に「失礼します」という、無機質な声が響く。
そのまま戸が開いて、中に踏み込む。
が、そこには誰も居なかった。
「…」
それを予想していたはソファに座ると、持っていた文庫本を読み始める。
パラ、パラとページをめくる音がする。
そのまま、体制は動くことなく、本は最終ページへと向かったのだった。
*
今日は特に何も無く見回りが終わった。
意味も無く息を吐き扉に手を掛けて開ける。
「…」
彼女、がいた。
「…?」
そう言えば、名前を呼んだ事が無かった、と声に出して思う。
が、返事は無かった。
「?」
近寄ってみると、本を読んでいるかと思いきや、すやすやと寝ていた。
いつもは、しっかりした動きをして、無表情の彼女が、今はあどけなく見えた。
「…っ。
…おきて」
揺すると、目を開け、ゆっくりと上を見上げる。
「…恭弥」
「起きた?」
くすり、と笑う。
「…本」
「ああ、読んだよ。面白かった」
「…そう」
彼女の隣に座る。
なんとなくだが、彼女はまだ眠そうだった。
といっても無表情なので、雰囲気から読み取るしかないのだが。
「…眠い?」
彼女は、こくり、と頷いた。
「そう、ならまだ寝ててもいいよ。
なんなら、膝を貸そうか」
「…」
彼女は躊躇ったようだが、またゆっくりと頷いた。
ゆっくりと頭を落とす。
雲雀の太ももに、彼女の長すぎない髪がさらさらとあたる。
ゆっくりと大きな瞳を彼女は閉じる。
頭を撫でられる感触がする。
心地良い。
そう思った。
*
「…はぁ」
彼女が寝てから、雲雀は溜め息を零す。
実際のところ、心臓が破裂しそうだったから。
彼女の頭を撫でながら、
ゆっくりと、髪に唇を落とす。
…以外と体勢キツい。
真っ白な額にも一つ。
すぐに顔を上げて、口を覆うと、自分を落ち着けようと瞳を閉じたのだった。
*
「…起きた」
「あ、ごめん」
ついつい寝てしまった。
もう応接室は橙色に染まっている。
彼女は起きて、自分が借りていた文庫本と、
持ってきていた文庫本を重ねて持っていた。
少しずり落ちた学ランを、しっかり肩に掛ける。
「私は」
「?」
彼女が突然口を開く。
「最低限喋る事が出来れば、私はそれで構わない」
「?」
「…ここに来ても?」
辞書を引いたような喋り方をする可愛らしい彼女の
遠まわしな約束だった。
Enter、エラー
(彼女はまた僕に本を預けた)(…別に君との約束は絶対に破らないよ)