「最低限喋る事が出来れば、私はそれで構わない」











彼女― ―は小柄で、大人しい子だった。
喋り方は変わっていて、辞書で引いた言葉をそのまま言っているような感じで。
無表情だった。

「ねぇ」
「?」

ゆっくりと振り向いた。
ここは図書室。

他の奴らは僕に怯えて出て行った。

僕は彼女に話し掛ける。

「何読んでるの」
「Day of snow」

発音が良い。
手にはすっぽりはまりそうだけれど、彼女の手には大きい文庫本だった。

「へぇ、どんな本?」
「…ダーク」
「ワォ」

そんなの、読むんだ。

「でもこの前別の本読んでたよね」
「…」
「本、好きなんだ?」

彼女は、小さくこくりと頷いた。
彼女は椅子から立ち上がると、本を僕の前に突き出す。

「読んで」
「?貸してくれるのかい?」

彼女はまた頷く。

「名前。今度本を取りに行くから」

彼女の言葉に、少し笑みを零す。

「雲雀恭弥」
「…恭弥」
「…ワォ(いきなり、名前で呼ぶんだ)」
「…雲雀?」
「恭弥でいいよ。僕は応接室に大抵いる
おいで」
「…」

彼女はそのまま本を押し付けると、図書室を出て行った。











応接室に「失礼します」という、無機質な声が響く。
そのまま戸が開いて、中に踏み込む。

が、そこには誰も居なかった。

「…」

それを予想していたはソファに座ると、持っていた文庫本を読み始める。
パラ、パラとページをめくる音がする。

そのまま、体制は動くことなく、本は最終ページへと向かったのだった。











今日は特に何も無く見回りが終わった。
意味も無く息を吐き扉に手を掛けて開ける。

「…」

彼女、がいた。

「…?」

そう言えば、名前を呼んだ事が無かった、と声に出して思う。

が、返事は無かった。

「?」

近寄ってみると、本を読んでいるかと思いきや、すやすやと寝ていた。
いつもは、しっかりした動きをして、無表情の彼女が、今はあどけなく見えた。

「…っ。
…おきて」

揺すると、目を開け、ゆっくりと上を見上げる。

「…恭弥」
「起きた?」

くすり、と笑う。

「…本」
「ああ、読んだよ。面白かった」
「…そう」

彼女の隣に座る。

なんとなくだが、彼女はまだ眠そうだった。
といっても無表情なので、雰囲気から読み取るしかないのだが。

「…眠い?」

彼女は、こくり、と頷いた。

「そう、ならまだ寝ててもいいよ。
なんなら、膝を貸そうか」
「…」

彼女は躊躇ったようだが、またゆっくりと頷いた。

ゆっくりと頭を落とす。
雲雀の太ももに、彼女の長すぎない髪がさらさらとあたる。

ゆっくりと大きな瞳を彼女は閉じる。

頭を撫でられる感触がする。
心地良い。

そう思った。











「…はぁ」

彼女が寝てから、雲雀は溜め息を零す。
実際のところ、心臓が破裂しそうだったから。

彼女の頭を撫でながら、
ゆっくりと、髪に唇を落とす。

…以外と体勢キツい。

真っ白な額にも一つ。

すぐに顔を上げて、口を覆うと、自分を落ち着けようと瞳を閉じたのだった。











「…起きた」
「あ、ごめん」

ついつい寝てしまった。
もう応接室は橙色に染まっている。

彼女は起きて、自分が借りていた文庫本と、
持ってきていた文庫本を重ねて持っていた。
少しずり落ちた学ランを、しっかり肩に掛ける。





「私は」
「?」

彼女が突然口を開く。

「最低限喋る事が出来れば、私はそれで構わない」
「?」
「…ここに来ても?」





辞書を引いたような喋り方をする可愛らしい彼女の
遠まわしな約束だった。

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(彼女はまた僕に本を預けた)(…別に君との約束は絶対に破らないよ)