グラウンドで動くあの人を、私はずっと目で追っていく。

「……」

残念ながら彼は、クラスも違う私のことなんか知らないんだろう。
笑い声が、二階のこの教室にも届く。青春の音。

まだ青い空に、白い球は映える。まるで鳥みたい。





「(あーあ)」





彼が私の一言一言に、思いっきり動揺してくれたらいいのに。
そしたら良い雰囲気になって、「好きです」って言えるのに。

きゅっと窓枠を掴んで、目線を落とす。





「(無理、だけど)」





言えないんじゃなくて、言う機会は絶対に巡ってこないよね、という意味。
もし、もし、地球が滅亡するくらいの確率でその機会が巡ってきたとして。

私の声は、聞こえないんだろうな、って思う。





私の声は彼よりもちっちゃい。
というか、平均的な声の大きさに比べて小さいんだと思う。
友達と話してても、「何?」って聞き返されることがしょっちゅうある。
滑舌は悪くない、と思う。けど声が小さいから、相手に全然別の言葉に聞こえちゃったりするんだ。

喉にスピーカーでもつけたらおっきくなるかもしれないけど、ノイズが混じってそうでやだ。

「(……ふう)」

私は彼を好きな子達と、同じラインに立つ事すら難しいんだね。
憂鬱が青い空に溶けて、綺麗に見えた空がやけに疎ましく映った。





じゃあもしも。声が大きかったとして。





「(何、喋ろうかな)」





やっぱり野球の話かな?でも私、野球のルールってあんまり知らない。
打って、で、相手に球を取られたら駄目ーとかはなんとなく分かるんだけど、
プロ野球選手の名前もわかんないし、ポジションだってわかんない。

……うわー。駄目駄目じゃん。家帰ったらお父さんに教えてもらおう。
もしも彼と、本当にもしも、話すときが来たら必要かもしれない、よね。





「(……ていうか)」





どうせ喋れないとか言ってる割には、そうやって期待してるわけで。
私は、そんな私が恥ずかしい。期待しちゃって馬鹿!って思う。





「……」





……大きな声を出す練習とか、しよっかな。
そしたら、こういうこと考えてても、普通だよね。うん。

どうせなら、一番大事なことを口に出そう。

そう思って、窓から身を乗り出す。





「あ、……す……っ」





喉ははやくも限界を迎えたようで、ぐっ、と飴玉が通ったように息が詰まる。
それでも出さないと、と思って、震える惰弱な腹筋を使って、





「すっ、ぅ、きー……ぃ!」





ぷはっ、と緊張という名の海から浮上する。
それから、かああ、と頬に熱が集まった。





「(ひっ、ひえええええ〜!)」





一昔前の漫画みたいな奇声を心の中で上げながら、声、どのくらいだったかな、と思う。
言うのに一生懸命で、記憶が飛んでいる。





「……」





ふと彼に視線を戻すと、彼はこちらをじっと見つめていた。
偶然ではなくて、本当にこちらだけを見つめていた。





……まさか、聞こえてた?





さーっと、自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。
慌てることも出来ず固まっていたら、ここからじゃ遠いからよく見えないけど、
彼は表情を変えた。





「(わ、っ……!?)」





笑っていた。
あの、素敵な笑顔で。

安心できる、私が、好きになってしまった笑顔。
そして皆を、好きにさせる笑顔。





「……」





かっこいい。あと、私に笑ってくれた。





嬉しさが砂糖を溶かしたみたいに広がって、胸がじんわりと痛む。
耳が熱い。指が、全身が、熱をまとう。
口がむずむずして、隙を突いてはゆるもうとする。





「(あ……、でも)」





だけど同時にがっくりした。





「(内容……聞こえてなかったんだろうな)」





よく笑っている彼だからこそ、あの笑顔はきっと疑問の笑顔だ。
きっと窓で百面相をしている私を不思議に思ったのだろう。





「(……もし、貴方が、)」





私を好きでいてくれて、五百歩譲って意識していてくれたなら。





きっと、今の言葉に、とてつもなく驚いてくれるのに。





……結局青い気持ちに逆戻りして。





「……」





それでも貪欲な私の脳は、貴方の笑顔をこっそりリピート再生しているんだ。

貴方に踏み出すために
スピーカーがほしい