「空気の入れ替えしなくっちゃね……っと」

彼女は、部屋の主である僕にも断りを入れず、窓を開いた。
11月下旬、外に停滞する空気は冷たく、人体の熱を侵食する。

突然の冷気に、思わず二の腕に鳥肌が立つ。
その不快感に眉根を寄せながら、悪びれた様子も無いへと目を向けた。





、寒いよ」
「でもこの部屋空気篭ってて匂うよ、若干」
「……」





そう言われては、押し黙るしかない。

並盛最強の不良と恐れられる僕も、幼馴染であるには敵わない。ずっと昔から一緒にいて、僕の細かな変化はがしっかりと記憶している。
もちろん僕も、の変化は些細な事でもしっかりと覚えている。





応接室に雪崩れ込む冷気が仕事に支障をきたしそうなので、肩にかけていた学ランにしっかり腕を通す。
卓上の、が入れてくれたコーヒーは既に温かった。





鉛筆を動かし、時折休みながら、応接室の窓から乗り出すの背中を見つめる。
背中はぴしりと線が通っており、かつなめらかな曲線を描いている。
学校の制服をきっちりと着込み、彼女が生徒の模範となっていることは明白である。





ただ、それを特別に抜き出し描写しても、彼女は普通の、いわゆる一般人である。
僕がよく口にする、草食動物と同類だ。





僕がと一緒にいるのは、彼女と一緒にいて気持ちがいいからだ。
彼女は伸び伸びとしていて、他の草食動物とは少し違う。
よく猫のようだと評価されるらしいが、彼女は動物に例えるのが難しいと僕は思っている。
あえて表現するなら、「ヒト」と言ったところだろうか。

理性的で、くだらない欲が強調された動物。





「ん、っ」





彼女が伸びをする。
ブレザーの裾が、彼女の動きに沿う。
天井に向かって伸ばされた指は細く、袖から覗く手首もまた、健康的に細かった。

それをじっと見つめていたら、がふと振り返る。





「恭弥は、冬好き?」
「……別に」
「そっか、好き嫌いとか無さそうだもんね……。私は好き。冬の空気は清浄されてる感じがするから」
「冬は乾燥してるし、ウイルスも結構飛んでるよ」
「……んー、なんていうか、冬は剥き出しな感じがするんだな。
だから、乾燥しているところも、ウイルスが結構舞っちゃってるところも好きだったりして」
「……」





口を手で覆いながら、目を細める

僕としては、君には冬が似合わないと断言したい。
桜芽吹く春も、眩しい日差しの夏も、赤く染まる秋も、あんまり似合わない。





どの季節も、は全てを見せないような気がする。
どの季節も、は何かを秘めているように見える。





何も無い筈なのに、は何かを隠すように、何かを知っているように笑う。
僕は昔からそれがなんなのか知りたくて、でも聞いてはいけない気がした。
もどかしさでいっぱいで、僕は現在までそれを引き摺るに至る。





「……ただ、最近知ったよ」
「はい?」
「何でも無い」白を切り、はぐらかす。





彼女が言った、剥き出しの冬というのはあながち言い得て妙かもしれない。

変なの、といって、彼女が笑う。
今日はよく笑うな、と思いつつ、鉛筆を紙面に走らせる。





僕も十何年か生きてきて、いろいろな知識がついた。
知識と経験と呼ばれるものを交互につみ合わせ、今の僕はいる。





昔分からなかったへの燻る気持ち。
が秘めているようで、本当は僕が秘めていた気持ち。





ヒトはこれを、”恋”と呼ぶ。