年末だからと見回りをしていたら、雪が降ってきた。時折、風が吹いては雪を肩に叩きつける。
冷たいから早く帰ろう、と思いつつ、手を擦り合わせた。今日は草壁もいないし。

……隣の家のは、今ごろ大掃除でもしているだろうか。彼女は、綺麗好きだから。





「あれ、雲雀くんだー」
「!?」





間延びした声が、肩を滑って耳に届く。僕らしくなく、勢いよく振り返ってしまった。
……だ。

彼女は桜色の傘をさし、紺色のコートを着てそこに立っていた。
灰色の手袋をした手には、どこかの店のビニール袋が握られていた。

彼女はふふ、と小さく笑うと、僕に近寄ってくる。
僕は少しだけたじろいだ。

「はい、どうぞ」
「……?」

視界に薄く桜色の影が差し、頭の上を見上げる。
そこには、彼女のさしていた傘があった。遠目では見えなかったが、花の模様が描かれている。

「雲雀くんも買い物かな」
「……違う、けど。見回り」
「ああ、なるほどね」

一緒に帰ろうよ。そう言って彼女は僕の横に並んだ。
僕は別に不快じゃなかったし、むしろ喜びたいくらいだったから了承した。
少し無愛想に答えてしまったのが、良くなかったかもしれないけど。





***





「あ、雲雀くん、見て見て」





彼女が、僕の右側を指差す。
右側には、僕の愛する並盛中学校がある。
傘を少し傾けて、何を、と思いつつ右を向く。





「雪が降り始めだから、桜みたいだよ」
「……本当だ」




並盛中学を取り囲むように植えられた桜の木たち。

枯れた桜の木の下に、雪がうっすらと積もっていた。それがちょうど春の終わりに見る、花の散る様に似ている。
ただ、桜でもここまで広がって舞うことないだろう。僕らの周りには、白い花びらが轟々と吹き荒れていた。
そう思うと、少し幻想的であるようにも感じる。

「まだ降り始めだからこう見えるんだろうね……このくらいが、私は一番好きかな」
「……そうかもね」





曖昧に返事を返す。の横で散っていく雪花が綺麗だったから。
は僕の視線に気が付くと、少しだけ照れたように、「どうしたの?」と問いかけた。僕は答えなかった。





きっと来年も、春になって桜が散ったら、彼女に見惚れるんだろうな。
その様子が安易に想像できて、少し自分に呆れた。





お互いの家が見え始め、少しだけ歩く速度を落とす。
もうそろそろしたら、今年彼女と会うのは最後となってしまうことが物悲しい。

僕には彼女に対する勇気だけ欠けているから(それ以外は欠けていない)、
今年最後の日に告白、とかそんな大それた事は夢のまた夢だ。

だから去年も口にした言葉を、僕は今年も口にする。
好きだよ、とは、まだまだ言えないんだろう。

お互いの家の中間地点で、同時に立ち止まる。
彼女も止まってくれた事が、少しうれしかった。

傘を差したままだから、少し近い距離で向き直る。
彼女の息がかかりそうで、少しだけどきどきした。





「じゃね、雲雀くん」
「……うん、」また来年「また来年も、好きだよ」
「……え、?」
「……あ」





間違えた。





「……」
「……」





一気に耳に熱が集まる。けれども、表情がぴくりとも変わらないのが自分でも感じられる。
ポーカーフェイスを練習しておいて良かった。用途が違うけど。

彼女は驚いて目を丸くしていたものの、動じもしない僕に冗談だと思ったのか、くすくすと笑った。
それが少し残念で、けれども安心する。
拒絶されたら、僕は立ち直るのに時間がいりそうだから。

「変な雲雀くん」
「……」

何か余計なことを言いそうなので黙っておいた。

彼女はふふ、と花がほころぶように笑うと、「私も、」と小さく呟いた。





「私も、来年も、大好きだよ」





ささやかな冗談は、甘くて鋭い。
細い氷柱に砂糖を振り掛けて飲み込んだような、不思議な感じがする。
喉を通過したはずなのに、いつまでも喉でつかえているような。
彼女の顔は見られなかった。





掌に違和感と焦燥を握りこんで、僕は「じゃあね」と呟いた。
実は少しだけ肩に積もっていた雪を払い落とす。

彼女はゆっくりと傘を受け取り、それから背中を向けて自分の家へと入っていった。





目に焼きついた、ゆらゆらと揺れる桜色の傘が、どこか物悲しく散っていく桜のようだった。