……」
「おわーっ!?」

深夜、溜まった仕事を片付けようとデスクに向かっていたら、突然背後から声が聞こえた。
……驚いてしまったが、なんてことはない、アイツだ。

振り返れば、全身にシーツをまとい、顔だけ出して震えている子供。





「……何? シー坊」





シーランドである。

いつもこまっしゃくれた態度で、国家を気取るこの子供を、俺は半ば揶揄するように「シー坊」と呼んでいる。
最初はこの呼び名が気に食わなかったのか、呼ぶ度に俺のすねを蹴ってきたもんだが、
最近は慣れてむしろ懐かれた。

懐いたシー坊は、時々俺の家に泊まりに来る。よく子供がやる、「お泊り」だ。
微笑ましいな、と思いつつも、いつも上司が溜めた仕事が山ほどあるため、構ってやれない事が多い。





ペンを置いて、席を立つ。
この部屋はデスクランプの光しかないから、真っ暗だ。

シー坊に近寄り、目線を合わせるようにしゃがみこむ。
シー坊は片手でシーツを握り締めながら、俯いていた。

……多分、あれだな。





「……だから、ホラー映画なんか見るなって言ったのに」

シー坊がベッドに入る前に見ていた、ホラー映画。
アレに出てきた幽霊に、シー坊は怯えているのだろう。

ホラー映画といっても、本当にB級で、俺にとっては全然怖くない。
でも、シー坊は違った。やめろって言ってるのにテレビを見続けてたし。
まぁ……怖いもの見たさは、わからんでもないけど。

あきれたように言った俺にかちんときたのか、シー坊が顔を上げる。
しかし、大きな目に溜まった涙が、シー坊が虚勢を張っていることを証明していた。




「ち、ちげーですよっ! 別にシー君は、怖いものなんて、」「あ、お化け」「ひぎぃいいい!」





棒読みで後ろを差してそう言ったら、シー坊が全力で抱きついてきた。
シーツが顔に掛かって、少しだけ呼吸を制限される。「わ、ぷ」

……ふう、尻餅つくところだった。
そう思いながら、胸のあたりで全力で縮こまっているシー坊を見遣る。「おーい」

返事が無い。そのかわり、嗚咽が返事となる。

内心、あーあ、と思いつつも、良心がちくちくと刺激される。
細い肩に手をやって、声をかける。「スウェーデンのところ、帰る? 送っていくけど」





沈黙。
溜息をつこうとしたら、突然、シー坊の頭が左右に大きく振られた。

「……むむ」
「……」





ぐす、と鼻を啜る音。
どうすりゃいいんだ、こういう場合。ていうかもうそろそろ足が痺れてきた。

独り我慢大会をしていたら、胸の辺りから、小さくうめくように声が聞こえてきた。





……一緒に、寝てくださいぃ〜……」
「……怖いものないんだろ」
「……」





無言で胸を叩かれた。しかも拳で。でもあんまり痛くなかった。

一緒に、と言われても。
まだ仕事が山のようにあってだな……。





「……いやいや、だからスウェーデンのところまで送ってやるってば」
「……泊まりに、来たのに」





、遊んでくれない。





そう呟かれた言葉が、どすっと胸に着陸する。
薄々感じていたことだったけど、口に出して言われると、なんだか萎縮してしまう。





「友達なのに、」
「……あー、」





仕事があったんだよ。とは口に出せず。





お茶を濁して、背中を叩いておいた。





「……」





どうすべきか。





黙々と、意識を巡らせる。
ここは、俺が折れるべきか。





「……よいしょ」「う、わっ」





シー坊の足の辺りに手を回し、シー坊を持ち上げる。軽い。
シー坊の背中が一瞬反り返ったが、それでもなんとか俺に抱きつく。





「……、?」
「寝るんだろ、短パン小僧」





うーむ、某ゲームのキャラクターみたいな呼び方をしてしまった。
まぁいいか、と思っていたら、首に手を回されて、体を密着させられる。だからシーツ痒い。





「嫌いですか、シー君のこと」
「む、こまっしゃくれたくらいにしか思ってないぞ」
「……」





冗談だと分かったのか、ぎゅう、とさらに力を込められた。
なんだ今日は、甘えただな。ていうか大人しい。いつもは仕事中にゴムボールぶつけてきたりするくせに。





「……お兄ちゃん」
「は?」
「ふふふ……お兄ちゃん、好きですー」
「……なんだよ、笑ったり泣いたり忙しい奴だな」





けれども、兄として名前を呼ばれるのは、ちょっと新鮮で嬉しかったり。兄弟いないしな。
つい俺も頬を緩めてしまって、誤魔化すように背中を軽く叩く。

部屋につけば、もうシー坊は寝ぼけ眼だった。
これならすぐ寝るかな、と思いつつ、ベッドにシー坊を降ろす。

離れようとしたら、袖をつかまれる。「……一緒」





少し呆然としてから、はいはい、といい加減に返事する。
それから、掛け布団はかけずに、ベッドの上に横になる。

シー坊は満足したように表情を緩めると、すぐに寝てしまった。





「……」





そして、俺も。

後もう少ししたら、仕事に戻ろうと思いながら。
睡魔に意識を齧られてしまったのだった。