「メリカ、それ取って」
「ん」
「あざーす」

トーストを齧り、その味の平坦さに眉を顰める。
仕方なく、ベーコンエッグをのっけて、二つに折って即席サンドイッチにする。胡椒がほんのりと舌の表面をつつく。

メリカ……アメリカは、朝だからか大人しく(いや寝惚けてるのか)、もっしゃもっしゃとシリアルを口に運んでいる。
まぁそのシリアルは、アメリカが一日に摂取する食べ物の、ほんの前菜といったところ。……いや、セルフサービスの水?

タンクトップ姿のメリカを見ながら、私はぼんやりとサンドイッチを咀嚼する。メリカはやっぱり寝惚けているらしく、目線は合わない。眼鏡は、机の縁に置かれていた。落ちて踏まれないか不安だ。

「あ、今日出かけるから、鍵渡しとくわ」
「わかったよ」
「でも昼には帰ってくるかも、メリカ外出する?」
「わかったよ」
「……」





がた、と席を立ち上がり「っいででででっ!」「ちゃんと聞けやゴラァ」耳を引っ張った。何で質問してるのに了承してるのこの子ー。





それでやっと目覚めたのか、メリカは眼鏡をかけ、「外出しない」とふて腐れたように呟いた。
私も、あっそ、と返し、パンの粉だらけになった手をはたいた。「うわっ、こっち飛んできたぞ」「知らん」

メリカが背後で、ジャパニーズなのにヤマトナデシコはどうした、とかぶちぶち文句を言っている。大和撫子は多分、アメリカ留学よりも花嫁修業を優先すると思う。知らないけど。

反論を置き去りにして、私は自室の扉を開ける。
ついさっきまで冷房をきかせていたから、柔らかな冷気が漂っている。





「……」





ふう、と息をつき、服を脱いでからベッドに腰掛ける。早く服を着ないとメリカ来るかもな、と思いつつも、だらける脳は体の各部に指令を出さない。

メリカと初めて会ったのは、留学してすぐ。アイス屋台の前で、金が無いとかいってズボンの尻ポケットをパンパン叩いていたから、哀れんでしまってだった。で、お金を貸したらメシアの如き扱いを受けた。そして懐かれた。大学にもわざわざやってきた。今思うと若干ストーカーまがいである。

メリカはここに住んでいるわけじゃないんだけど、よくウチに来る。そりゃもう、アンタ家は?ってくらいに。
一介の女子大生の家に入り浸って何が面白いのだろう。純粋に疑問だ。

「……」

ぼけーっとしたまま、自室の扉を見つめていたら、それが突然開いた……あ。





「なぁ、そういえば今日の夜……!?」
「……」
「……」





見詰め合う私とメリカ。甘い空気というよりホームコメディ的な空気が流れているのは何故であろうか。今にも笑い声が聞こえてきそう。

アメリカが、じっくり私を舐めまわした後、わーぉ、みたいな声を出したので、一応女子として形式美的に枕を投げた。上手い事顔の中心に当たってくれた。





……まあこんなんだが、実際私はメリカの半裸もトランクス一丁の姿も見ているので(よくコイツうろうろすんだもん)、あんまり恥ずかしくない。メリカも私の下着くらいは見ている。
そしてこんな風だけど一線越えていないという事実。我ながらすげー。





「さっさと出てけこのスプリングマン」
「わ、分かってるって」





顔からずり落ちた眼鏡を直しながら、メリカがこちらを未練がましく見る。ので、白い目で見たら逃げた。

「……」





私もさっさと服着るか、と適当に服を選ぶ。

最近、段々暑くなってきたから、薄手の服を探す。
袖に腕を通しながら、今年の服とかちょっと買いに行きたいな、と思った。





扉を開け、メリカのいるところまで直行する。
メリカは、テレビに見入っては……いないか。適当に見てるっぽい。





「じゃ、もう行くね」
「あれ?もう行くのかい?」
「うん、早めに行っとくわ」





そう言うと、メリカは体をこちらに向け、「お土産はアイスでいいぞ!」といった。買わねーよ。
どうせコイツは、私が出て行った後主に食器棚と冷蔵庫をあさるんだから。ま、最近はちょっと巧妙なところに隠してあるから、分かりづらいだろうけど。





靴だけ履き替えて(未だに家の中で靴を履いているのが不思議)、ふと振り返ると、「……お?」





そこにはにこにこ笑うメリカがいて。
私はぽかんとして。
メリカは「気をつけていってくるんだぞ!」と少し似合わないようなことを言う。





……アンタ、私のかーちゃん気分かよ。





そう思いつつも、頬が弛緩する。それを利用して、笑顔を作った。





(行ってきます!)