今日は少し肌寒い。





夜十時。そんな事をぼうっと思っていた矢先、
携帯の着信音が、その静寂を切り裂いた。


「【緑たなびく『ピッ』…もしもし?どうしたの
『…きょ…やくん…?』


彼…雲雀恭弥に電話をかけてきたのは、彼女のだった。


「そうだけど?」
『…ふぇ、』
「…どうしたの?」


内心少し焦る。
電話の向こうで、弱々しい泣き声がする。


『そ、なに…対した…こと、じゃな、けど』
「うん」
『怖い…夢見た』
「夢?」
『…きょ、やくん、が、居な…なって』
「うん」
『真っ暗…怖かった』
「…そう。でも、僕は此処に居るから」


ちょっと待って、と携帯電話を肩で挟んで会話しながら黒のジャケットを羽織る。


「そっち、行く」
『…え?いい!』


玄関へと向かう。


「だって怖いんでしょ?」
『いい、よ、迷惑だし』


ドアを開けて、外に出る。冷たい風が、髪を揺らした。


「迷惑じゃないから」


片手で、がチャリと鍵を閉める。


『泣いた、から、目、腫れちゃってるし』
「別に気にしないから」
『…、…』
「もう向かってるから」
『…あり、がとう』
「最初からそう言えばいいんだよ」


雲雀は満足そうに笑う。


「電話は続けてあげるよ。怖いでしょ?」
『…うん』


電話の向こうで、が照れている気がした。
雲雀は知らず知らずのうちに頬を緩める。彼女に会える、と。


『恭弥君』
「何?」


先程、泣いていた為詰まっていた言葉が、今はしっかりと喋れていた。


『今日ハンバーグ作ったの』
「うん」
『すっごく美味しく出来てね、恭弥君にも今度食べてもらいたいなぁ、と思って』
「本当?有難う、僕、ハンバーグ好きだから」
『…ふふっ』
「…何で笑うの」
『ごめん、何か、可愛くて』


彼女の笑う顔が見える気がした。

ふと、上を見上げれば、ぽっかりと満月が浮いていた。


「ねぇ
『ん?』
「今日満月だよ」
『え、嘘』
「ちょっと待って、外見る前に上着羽織なよ」
『…はーい』


はお母さんに注意された後の子供のような返事をする。


『あ、本当だ、バニラアイスみたい』
「…食い意地張ってるね君は」
『えーそんな事無いって、みんな考えるよ』
「どうだかね」
『…なんかアイス食べたくなってきた。ねぇ恭弥君今度のデートアイス食べにいこうよ』
「こんなに寒いのに?…まぁ考えとくよ」


雲雀は、ふっと笑う。


「君の家見えてきたよ」
『あ、』


の家の窓から大きくてを振る何か。
……だ。


「風邪引くから中はいったら?」
『いーの』
「良くないから」


少しふざけあいながら話していれば、の家に着く。

携帯電話を耳から離して、電源を切る。
ガチャリ、とドアノブが回る。


「恭弥君」
「少しだけ目、腫れてるね」


雲雀が右手で、の目元をなぞる。つめた、とは言うと、左手で、雲雀の手を掴む。


「冷たいよ、恭弥君」
「うん」
「…中入る?」
「……君って無防備だよね」
「ん?」
「なんでも無い」


ぼそり、と呟いた後、雲雀はの家へと入っていった。


「お母さんたちね、親戚の家に出かけちゃってて」
「ふぅん」


雲雀は、の小さな頭をじっと見ながら、ついていく。
リビングに入ると、は台所へと向かう。


「お茶、いる?麦茶だけど」
「頂くよ」


コップにお茶を注いで、雲雀の前に出すと、
は口を手で覆って、ふぁ、と欠伸をする。


「…眠いの?」


飲んでいた麦茶のコップを机に置き、に問い掛ける。


「…うん、寝てたから」
「まぁそうだろうね」


じっと雲雀を見つめるの目は、とろん、としていた。


「…寝たら?」
「え。でも折角恭弥君来たのに……一緒にいたい」


顔を逸らし赤くする
雲雀は、少しイタズラっぽく笑う。


「じゃあ一緒に寝てあげようか」
「ふぇ!?………じゃじゃじゃじゃあ…お、お願いします」
「…」


雲雀は少し目を見開く。
まさかそんな返事を返してくるとは思っていなかった。


「ふ、布団こっち…」


は立って、指を指す。
雲雀は、ふ、と笑うと、立ちあがった。















「恭弥君」
「何?」
「…暖かいです」
「そう」
「あ、の。恥ずかしい、です」
「そう」


は雲雀に密着していた。

というより、雲雀が抱き枕のようにを抱きしめていたからである。


「…なん、か」
「何?」
「余計、寝れなさ、そう」
「…まぁ、どくどくいってるもんね」
「!」


かぁ、と顔を真っ赤にする。いまにも湯気が出そうだ。


「大丈夫?」


雲雀はイタズラっぽく笑いながら、
の背中をさする。

どくどくと早かった心臓の音は、
とくり、とくりと、ゆっくりとした音になる。

ぎゅ、と目をつぶって、雲雀の胸に擦り寄る。
そして、雲雀の背中に手を回す。


「(ワォ)」


何も気にせず、香りに身を任せる。

ゆっくりと、意識が海の底に沈んでいくような、
雲の上に居るような、ゆるやかな安定感の無い気持ち良さ。





そして、そこからのの記憶は消えた。





雲雀は、規則正しく呼吸を繰りかえすに少し笑う。
髪を撫でて、ゆっくりと旋毛にキスを落とす。


「(君の悪夢なんて咬み殺してあげるよ)」


ゆっくりと、愛しく。





そして、瞼を閉じた。

今日、愛が降り注
は僕の者だ。悪夢にだって渡すものか。なんてね。幼稚な独占欲だ。