一週間前、別れを一方的に切り出したのは私だった。 理由は、遠距離恋愛が辛いから、だった。 そんな、理由、だったはずだった。 「……」 中学のとき、こっそり撮った千種の写真を眺める。 教室の薄暗さが、千種の顔の輪郭をはっきりとさせている。 千種は、出会った頃からあまり変わっていないけど、私は、どうなんだろう。 そう思う度、酷く憂鬱になる。 見た目じゃない、中身が、成長していないんじゃないか。 千種は初めて会った時から、どこか完成されたような性格だった。 私よりも多くのものを見ている、そんな雰囲気があった。 私は人付き合いが苦手。それは大学に進学した今でも変わらない。 それでも、成長してきたつもりだった。努力してきたつもりだった。 だけどどこかで、拠り所にしてしまう存在。それが千種だった。 私は嘘つきだ。 弱虫だ。 何にも成長していない。 遠距離恋愛だから別れたいなんて言って、本当は何もできない、情けない自分が嫌だっただけ。 千種がいないと何もできない、弱い自分が。 「千種……」 少しでも呟けば、千種はヘッドフォンをつけていても、 作業をしていても、「何? 」と答えてくれた。 「……もう、やだ……」 いつまでも、いつまでも。 自分で手放しておいて、ばっかじゃないの。 そう言い聞かせても、苦い気持ちも、涙も、止まらなかった。 大学に進学して2ヶ月くらいしてから、私はずっと悩んでいた。 千種に依存しているような自分に。何もできない自分に。 そうして考えた答えが、千種と別れることだった。 私がもう少し強かったら、もっと違う答えは出せていたのだろうか。 そんなはずは無い、と私は布団の中で目をつぶった。 これは究極の選択。きっとここまでしないと、私の甘ったれは直せない。 そう言い聞かせるたび、私は千種の顔を思い出すのだった。 別れたのだから、いつかきっと忘れる。 そう思って眠ったのに、早々に夢を見た。 中学校、帰り道、千種と一緒に帰ってる。 私はまだ髪がショートだ。 私は浮かれて、ずっとしゃべっている。 それでも千種は、律儀に相槌を打っている。 ……そうだ、こうやって帰って、夜には、しゃべりすぎた自分を恥ずかしく思ったりするんだ。 でも、いつもそれを繰り返して、 けど千種は何も言わない、 だから私は、 「(…甘い)」 朝起きて鏡を見たら、目が少し腫れていた。 千種のことを考えすぎる自分に、うんざりした。 最初の彼氏。 下手したら、家族よりも好きかもしれない人。 ぼうっとしたまま、私は鏡を見つめていた。 講義を受けても上の空だった私は、 買い物をしてから帰路についていた。 あんまり食欲は無い。けれど、我慢しよう。 それが、強くなる一歩かもしれない。 一日中、考えていたことだった。 帰るのも辛いし、考えすぎて頭は痛い気がする。 コンクリートを見つめて、私はため息をついた。 階段を上り、私は驚いた。 「……千種……?」 「……おかえり」 つい一週間前電話をした千種が、私の家の扉の前に座り込んでいた。 鼻の頭が真っ赤で、冷たそうだった。 それを見ただけで、私は泣きそうになった。 「……なんで、ここにいるの」 「この間の理由、全然意味がわからないから」 千種が立ち上がり、私のほほを指でなぞる。 案の定指先は冷たいのだけど、私のほほも冷たいから、触れた感触しかなかった。 「……ちゃんと食べてる?」 「食べてる……けど」 「」 機先を制すように、千種は私の名前を呼んだ。 私は反射的に黙ってしまう。 千種は少し屈み、私の顔を覗き込む。 「何であんなこと言ったの」 嘘がばれている、そう分かった。 もうこれ以上、嘘はつけないとも悟った。 脈打つ心臓を抑えながら、私は答えた。 「もう、嫌だった。自分が」 「……」 「大学で何か考えるたびにさ、自分は成長してないな、って思ったよ。 ……千種と出会ったときと同じ、人見知りで、何にもできない弱虫だってわかった」 「……うん」 「だから、……それに、千種といると、もっと自分は弱くなるかもって不安だった。 千種と、もし……」 「……」 それからは、涙があふれた。 千種と別れる。 想像するだけで、辛い。 もう、わけがわからないくらいに、辛い。 「離れたら。わた、しは。一人で、どうに、か。できるのかなっ……て」 「……」 「もう……これ以上。千種、といたら。私は、弱いまま、だから。嫌なの」 嫌なの、だけ強く言った。 千種といることが嫌なのではない。 自分が、弱いままであることが、嫌だった。 千種は少し目を伏せて「、」とまた名前を呼んだ。 「は。何で一緒にいるのか、分からないの」 「……?」 「が弱いから、やさしくして、一緒にいるんじゃない。 そんな風だったら、とっくにめんどい、って切り捨ててる」 「……」 それから千種は、小さくため息をこぼした。 「好きだから、一緒にいる」 「は、違うの」 そういわれて、私はふっと、目の前の靄が晴れた気がした。 それから、急に泣きそうになった。 「違う……違うよ。千種は甘えられるから、…一緒にいたわけじゃない!」 好き。 ただそれだけの理由で、私はきっと一緒にいた。 中学生の頃の私を思い出す。 あどけなく、浮かれて、ずっと話をしている私を。 千種が私をゆっくりと抱きしめた。 「……早く来られなくてごめん。それから、」 「……千種」 「……はちゃんと成長してる。気付かないかもしれないけど」 弱音を吐くような電話は今まで無かった。だから、が悩んでるのにも気付けなかったけど。……違う? 千種はそう呟いた。 私は、ただ泣いて、頷いた。 千種の口元が、少し弧を描く。 「はちゃんと成長できてる」 「……ありがとう、」 そして小さく、呟いた。 ドント・セイ・グッバイ (……せっかくだからご飯作ってく)(えっ)(買ってきたんだろ) Happy Birthday Dear Chikusa