休日。
なんとなくやることもなくバイクで街中を走っていたら、見覚えのある金髪に呼び止められた。

隣にそいつの妹がいないことを確認して、オレは小さくため息をつく。





「おっ、!いいところに!」
「ンだよパンティ……」





フルフェイスのヘルメットごしに何か用かと問いかけると、パンティは問いかけに答えながら後ろにまたがる。おい。
真っ赤なマニキュアの施された手で、パンティはパシパシとオレの肩をたたく。





「ゴーストだよ、ゴースト!暇ならちょっくら乗せてって」
「……ストッキングは?」
「知らね。また甘いもんでも食べてんじゃねーの?」





そういえば、ストッキングと初めて会ったのはケーキ屋だったなァとぼんやり考える。
どうせならアイツを乗せたかったよ、と思いつつヘルメットを渡す。ちゃんとかぶれよ、捕まったらメンドい、と念を押す。

パンティはヘルメットのあご紐を締めながらニカリと笑う。





「サンキュー!」
「へーへー。で、どっちに向かえばいいんだ?」





パンティに指示され、バイクの向きを変える。
スピードを速めて走っていたら、パンティが小さく「ねぇ、終わったらアタシと遊ばない?」と猫なで声で聞いてきた。
風を切る音の中で、その声だけが異様に、鼓膜に粘りつく。

またかよ、と思いつつ、その誘いを一蹴した。





「ヤダね。終わったら帰って寝るわ」
「ケッ、つまんねー男だな!」
「つまんなくて結構だよ」





結局その後、ゴースト退治に巻き込まれてデスレース状態になった。
あやうくバイクが大破の道をたどるところだった。

パンティはまず、人のバイクの上で下着を脱ぐのをやめろ。





♥♥♥





「あれ、ブリーフじゃん」
「あっ、おはよう!」





学校たりぃなァと思いつつまたバイクに乗っていたら、ブリーフに出会った。
あせっていたようなブリーフは、オレを確認すると歩みを止めて挨拶してきた。





「何か珍しいな、この時間帯に会うの」
「そうだね……ってそうだった!ボク遅刻しそうなんだった!」





ああ、なるほどと思っていると、焦った様子のブリーフが、じゃ!と行って走っていこうとした。





「あ、待てよブリーフ」
「何?悪いけど僕、急いでるんだ!」
「いや、だから乗ってけよ」




ほい、とヘルメットをパスすると、ブリーフはわたわたしながら、それを両手で抱え込むようにキャッチする。
数歩先までバイクを移動させて、ブリーフに後ろに座るよう促す。

ブリーフはおずおずとバイクに腰を下ろし、オレの服をつかんだ。……いや、普通に胴体持ったほうがいいと思うんだけど。

バイクを発進させると、案の定ブリーフはあわてて胴体に腕を回してきた。ひっつかんだから、一瞬腹が締め付けられる。





「ねぇ!学校間に合う!?」
「よゆーよゆー」





不安そうなブリーフに自信を持って返すと、後ろの雰囲気が少し落ち着いた気がした。
大体オレはいつもこの時間帯だしなァ、と思う。





「……ボク、一回のバイク乗ってみたかったんだ」
「ほー。乗り心地はどうだ?」
「サイッコーだよ!」





その後ブリーフはオレのバイクについて長々と語りだした。
歴史まで遡るモンだから、コイツなかなかマニアだと感心した。趣味が合うのかもしれない。……今度CDとか借りてみるか。





「……でね、って」
「ン?」
「……今気づいたけど、、かわいいキーホルダーつけてるね」





ストッキングみたいだ、どうしたの?と聞くブリーフ。
その視線はささったキーについている、ピンクと赤のチェックのクマに向いている。
オレは答えようとしたが、その前に校門が視界に入り、口を閉じた。





ストッキングみたい、というか、これは初対面のときに、ある理由でストッキングにもらったものだった。





♥♥♥





買出しを終え、のろのろと岐路についていたら、見覚えのある後姿を見つけた。
ゆっくりとバイクをソイツへと近づける。





「ストッキング」
「……?あ、

振り向いたストッキングは、ホネコネコと一緒に何かを大切そうに抱えている。

ストッキングが止まったので、オレもバイクを止める。

「今帰り?」
「そう。ほら、『ショコラ・パーラー』の午後限定お持ち帰りスイーツよっ」





心なしか口元をほころばせながら、ストッキングは手に持ったピンクのケーキボックスを掲げる。
少し苦笑しながら、乗ってく?と聞く。

ストッキングは真顔で即答した。





「乗る」
「だろうな」





ケーキの箱を一時受け取り、ヘルメットを渡す。
長い髪を払いながら、ストッキングはヘルメットのあご紐を締める。

後ろに座ったのを確認してから、オレはケーキの箱を返す。





それから、ゆっくりと発進した。





♥♥♥





「……遅い」
「早く走ったら確実にその箱はパーになるぞ」





そういうと、ストッキングは黙った。
それから無言で、ゆるゆると進む。といっても、徒歩よりかは早い。





「……ねぇ」
「何?」
「アンタまだそのキーホルダーつけてるのね」
「つけてるのね、って、ストッキングがくれたんだろ」
「いらないから捨てただけよ」





ふんっ、と小さく鼻を鳴らす音が聞こえて、小さく笑う。
……後ろがちゃんと見えないのが残念だ。きれいな髪が揺れてるだろうになァ。





「こないだパンティ乗せてゴースト倒したって本当?」
「誰から聞いたんだよ」
「パンティ。あのクソビッチ、珍しくアンタと遊んでおきたかったって零してたわよ」
「オレはそういうアソビはしない主義だから」
「……不感症?」
「ちげぇし。真面目にそーいうこと言うなよ」





ふぁぁ、とストッキングがあくびをする。
幸せそうなあくびだ。子供っぽい。





「帰ったらスイーツ半分だけ食べて寝よ」
「半分?」
「二個あるもの。……あげないわよ、借りとか返さないって言ったでしょ」
「何も言ってねェだろ。いらねーし」





しかもかなり前の話だなァ、それ。
そうか、もうあの時からだいぶ経ったんだな。





そうやってぐだぐだ話しているうちに、セメタリーヒルズ教会が見えてきた。
少しだけ残念な気持ちになる。割とゆっくり走ったんだが。





ストッキングを下ろし、軽く手を振って分かれる。
ストッキングも控えめに手を振る。





そしてオレは、来た道を戻っていった。
ぼんやりと、ストッキングの顔を思い出しながら。