「うぁー……、……リングの修復終わんないぃぃ……」
頭を抱えながら、私はノートパソコンを前にどかして机に突っ伏す。
ノートパソコンの画面には、解析済み3Dモデルの、傷ついたリングが表示されたままだ。
背筋を伸ばし、ううん、とうなりながら顎に手をやる。
「休憩しなよ、」
「……千種」
千種がマグカップを二つもって、私の左隣にやってきた。
私にダークブラウンのマグカップを渡して、千種は生成のマグカップに口をつける。
マグカップの中身はコーヒーだった。
「ありがと」
「ん」
千種がず、と小さくコーヒーを飲みながら、相槌を打つ。それから、パソコンの3Dモデルを覗き込む。
「傷多すぎ」
「だよねー……。まぁしょうがないけどさ、超超ヴィンテージだし。でもこのままだと、炎をやっただけで壊れる気がしないでもないなあ」
こんなに傷が多いもの、下手に手を出していいのかと思いつつも、ちびちび修復する日々。
直せれば自尊心は満たせるけれど、直せなかったら後悔ばかりが募ってしまう。
ふう、とため息をつく私を見て、話しかけないほうがいいと判断したのか、千種が背を向ける。ごめん千種。
コーヒーに口をつけると、少し甘い香りが広がる。
元気をもらったような気がして、よし、と画面に前かがみに向き合う。
しかしそこで、肩を指先でとんとんとたたかれた。
椅子を回転させると、当たり前だけど、そこには千種がいた。
「どしたの?あ、コーヒーありがと」
「はい」
千種は私の感謝を軽く流し、何かを差し出した。
何だ何だと手のひらを見やると、そこには白い、長方形の箱があった。ご丁寧に、赤のリボンが結ばれている。
けど、何これ?プレゼント?
「千種、私今日誕生日じゃないけど?」
「……」
はぁ、と小さくため息をつかれた。え、ちょ、なんで。明らかに呆れられてるけど。
クエスチョンマークを大量に頭の上に飛ばしていたら、千種が見かねたように口を開いた。
「」
「はい」
「今日は何日」
「え?えーと、1月の、」
「2月」
「あ、そっか1月は先月終わったっけね……」
千種の冷たい目線が痛い。
それから逃れるために、私は自分のノートパソコンで日付を確認した。
「えー、……あ、2月14日?あっ、バレンタインか!」
じゃあこれはもしかしてチョコレートかな。
「そういえば、イタリアでは男性から女性に贈り物が普通なんだっけ、バレンタイン」
「うん」
くい、と千種が眼鏡のブリッジを押し上げる。
私は少しうれしくなって、箱を手のひらでもてあそぶ。
一瞬包みを留めているシールをはがそうとして、やめた。
千種が少し不思議そうな顔をしている。
私はその顔に笑いかけた。
「ご飯食べ終わったら一緒に食べよう!」
「……夕飯作るのはじゃないけどね」
「うっ」
しょうがないじゃん、仕事が大詰めだから。
そう思って少しすねそうになったが、千種は「わかった」と返事をしてキッチンへと向かっていった。
私はその背中を見送って、それから画面と向き合う。
「……あー」あー。……あー。
なんか、うれしくて顔が緩むなあ。なんかマグカップもキーボードもチョコレートみたいに見えてきてしまった。
頬を押さえて、数秒愉悦に浸ってから、よし、と頬をたたく。
マウスをいじれば、台所からも包丁の軽快な音が聞こえてくる。
今日は何作ってるんだろう。
「ねえ」
「んー?」
包丁の音をさせたまま、千種が話しかけてきた。
私も振り向くことはせず、画面に向き合ったまま返事をする。
「……仕事じゃない、修理のいらないリングとかいる?」
千種にしてはめずらしく、語尾が疑問符だった。
ていうか修理のいらないリングって何。装身具?
すごい回りくどい、というか千種にしてはめずらしく詩的な聞き方するなあ。いつもは直球だし。
「私非戦闘要員だけど……くれるの?」
「要は普通の指輪だから」
「じゃあ欲しいかなあ」
そういうと千種は無言になった。
鍋が、かつんと当たる音がする。
私もキーボードを鳴らす。
これは日常の音。
「本当はチョコじゃなくて指輪にしようと思ったけど」
「うん?」
「……の薬指のサイズ知らない」
?
あれ?
「、」
今、何か、変なこと言わなかったか、千種。
キーボードを打つ手がとまる。
私は数秒考えてから、後ろを勢いよく振り向く。
千種は相変わらずで、鍋をかき混ぜていた。
「え、千種」
「……」
「あの」
「……」
千種は何も言わない。
「千種、あのさ。……そんなの、私にくれちゃうの?ホントに?」
「……だから、そうだって……」
千種はだんだん語尾を小さくさせて、しまいには座り込んだらしく、私の座っている場所からは姿が見えなくなった。
千種が今どんな気持ちでいるかを考えて、私は頬が熱くなってきた。
二人で黙り込んでいたら、千種が座り込んだまま話の口火を切った。
「めんどいから……今度一緒に測りに行くから」
「めんどい、て……今度、って」
そう言う私の喉はからからだった。
だけどコーヒーにすら手が伸びない。
なんともいえない気持ちを胸に宿らせたまま、私はつばを飲み込む。
「私のこの仕事が、終わったらね」
つれない返事をしたけれど、私の気持ちはたぶん、チョコレートよりもあまったるかった。
あいをあげる