4月始まりのスケジュール帳を購入しようと思い、近くの雑貨屋に出かけた午後。
店内に、かわいらしいラッピング用の箱が積まれているのを見て、ああ、今月はバレンタインデーの月か、とようやく気づいた。

どうしよう、家から全くでないものだから、そんなイベントがあったことも忘れていた。というか、2月に入ったことも少し忘れかけていた気がする。

ピンクやブラウンの箱を手に取りながら、何を買おうかな、と思案する。
チョコレートを買ってもいいんだけど、あの人を糖尿病にするわけにはいかない。でもバレンタインデーだから、チョコレートを贈るべきかなあ。

包装用の箱を元の場所に戻して、左にずれる。左は、お菓子を作るキットの箱が積まれていた。マフィン、ブラウニー、生チョコ、トリュフ。自分で作る……のはなあ。私料理あんまり上手くないんだよね。あの人のほうが上手い。
いっそのこと、このキットを贈ってあげようか。

そこまで考えて、さすがにかわいそうか、と思ってやめた。

何を買うかは決まらなかったので、しばらく店内をぶらぶらした。





★★★





カナリヤイエローのスケジュール帳を購入しても、私はまだ店内をぶらついていた。
インテリアのあるエリアに足を踏み込み、かわいい置物なんかを見ながらうろうろする。ウサギの置物はかわいいけど、手入れが大変そうだなあと思っていつも買わないでいる。

時計がたくさんおいてある棚の前に行き、時計をプレゼントするのもいいかもなあ、と思った。
あの人、1時限目から講義が入っているくせに、よく寝坊するんだもの。毎回モーニングコールしてるけど、ちゃんと自分でおきたほうが良いと思う。

赤くてかわいい、おもちゃみたいな時計を手に取る。うわー、かわいい。これがいいな。そう思って裏をひっくり返し、値段に愕然とする。買えないわけではないけれど、高い。バレンタインのプレゼントにしては高すぎる。
そっと棚に戻して、泣く泣く見るだけにとどめておいた。

やっぱりチョコレートを買おう。そう思って、私は踵を返した。





★★★





ラッピング用品がある場所とは別のところに、お菓子ばかりのエリアがある。
輸入されたお菓子なんかが多いので、結構目移りする。
赤やブラウンの塊からは、心なしかほんのり甘い香りがする。

ただ、なるべく量が控えめなものにしないと。
あの人が太るのはいやだ。

自分用にはちょっとだけ買おう、と思いつつ、あの人に何を買うか考える。
コーヒーに合わせるためのチョコレート、なんていうのもある。でもあの人コーヒーをそんなに飲まないからなあ。私は飲むけど。
あの人は、どっちかっていうといちご牛乳のほうが好きなのだ。

「ん?何だこれ……」

ふと、変わったチョコレートを見つけた。キューブ状のチョコレートに、木のスプーンがまっすぐ刺さっている。
ひっくり返して裏の説明を読み、ああなるほど、と納得した。ホットミルクにこれを入れれば、簡単にホットチョコレートが作れるようになるのだ。

なるほど、これなら一回きりだしいいかもしれない。そう思って、いくつかある種類を見る。ナッツやマシュマロがついているものや、ホワイトチョコレートと二層になっているものもある。
少し悩んで、マシュマロのものとホワイトチョコレートのものを選んで、会計に向かった。





★★★





少しだけ肌寒い帰り道、袋を持って私は自宅に向かっていた。
今日の夕ご飯は何を食べようか、とぼんやり考えながら、そうだ、あの人と会う約束をしないと、と鞄からスマホを取り出した。

冷たい機体を耳に押し当て、あの人が出てくるのを待つ。

『はい……』
「あ、坂田くん?もしかして寝てた?ごめんね」
『いや、ぜんぜん。寝てないから、マジで』

寝ぼけたような口調でそう言うあの人に、小さく笑みがこぼれる。
学校もないし、どうせ寝こけていたに違いない。これは、いつかは目覚まし付きの時計を買わないと。

『何か用だったか?今日は会う約束はない……よな?』
「ないよ、そうじゃなくって。2月14日空いてる?バレンタインデー」
『え?あ、空いてるけど』

バレンタインデー、といった瞬間に、トーンの上がったあの人の声。
わかりやすいなー、と思いながら、信号前で歩みを止める。

「ね、その日、家に行ってもいい?」
『いいけど、』

少し照れたように返事するあの人に、電話口でふふ、と小さく笑う。
信号が赤から青に切り替わり、私はまた歩き始める。さっきよりも、歩みはゆったりしている。

「じゃあ、午後からお邪魔するね。2時くらい……うん、夕ご飯も食べてく。……何がいいって、別に何でもいいけど。それとも、外に食べに行く?」

低い声が私の言葉に返事しながら、耳をくすぐる。
なにやら、夕食を作ると張り切っている。これじゃ、どっちのためのバレンタインデーかわかんないな。

結局、バレンタインデーの夕食メニューはあの人におまかせすることになった。私より料理が上手いし、純粋に楽しみだ。





「はい、じゃあ、また。……14日に」










★ ★
★      ★
★         ★
愛の♥愛の星

★         ★
★      ★
★ ★











Title by the brilliant green『愛の♥愛の星』