Happy Birthday ChikusaY


そっとチョコレートのプレートから指を離して、そのバースデーケーキは出来上がった。宝石のように光るフルーツを見ているだけでも幸せになる。凝り性なのもあって、年々作るケーキのレベルが上がってきているとはしみじみと思った。はそのケーキを数秒見つめてから、後ろでコンロに向かっているクロームを振り返った。

「クロームちゃんできたよ!手伝ってくれてありがとう!」
「え……でも私、少ししか手伝ってない……」
「そんなことないよ、本当にありがとう」

確かに飾りつけはが行ったが、それまでの工程はクロームと分担して行ったものだ。が笑顔でそういうと、クロームは少し頬を染めながら、ごまかすように鍋の中身をかき混ぜた。今夜の献立はじっくり煮込んだクリームシチューだ。
はクロームの元に駆け寄ると、「もういいかな」と言ってコンロの火を切った。ふわりと湯気がたって、おいしそうな香りが2人の鼻をくすぐった。

「後は千種が帰ってくるのを待つだけだね」
「うん……」
「いい匂いがするびょん!」

穏やかに話す2人のところに、突然犬がやってきた。どうやらクリームシチューの匂いをかぎつけたらしく、ついでに机の上のケーキを発見した。

「うひょー、うまそーっ」
「犬、つまみ食いしないでよ……あっ、記録用に写真撮ろう、犬、カメラカメラ」
「ええー?」
「どうせここにいたって何も食べられないよ、千種が帰ってくるまでね」
「ちぇっ」

早く帰ってこいよなーと犬が文句を言いながらキッチンを出て行った。
はそれを見て、食器棚からコップを5つ取りだし、そのうちの2つにお茶を注いだ。

「はい、お疲れ様」
「あ……、ありがとう」

クロームにお茶を渡して、2人で一息つく。ぼんやりしていると犬が戻ってきた。
犬は少しあきれた様子で、にカメラを手渡した。

、部屋くらい片付けといてほしいびょん…足の踏み場もなかったんらけど」
「はは……どうも掃除は苦手みたいで」

犬もなかなか不精というか、きれい好きではないのだが、そんな犬に部屋が汚いと言われるの部屋はいったいどんななのだろう、とクロームは思った。そういえば、よく千種がの部屋を掃除している。一度それに出くわしたときに、思わずそれはどうなのかと引き止めてしまったのだが、もしかしたらも部屋の片付けは千種に任せてしまっているのかもしれない。
はピンクのカメラを手にケーキの写真を数枚撮った後、昔のデータを見始めた。

「あっ、去年の写真がある。チョコレートケーキだからこれは骸のだね」
「どんなんらっけ」
「これこれ」

犬とクロームがどれどれ、との手元を覗き込む。画面には、シックなチョコレートケーキを前にご満悦な骸が堂々と座っていた。確かこの年のケーキには洋酒が入っていたなと犬は思い出す。少し苦手な味だったのを思い出して、犬は渋い顔をした。
は少し面白がって、カメラを操作しながら写真を切り替える。犬の誕生日のときの肉料理ばかりを扱った豪勢な食事や、クロームの誕生日に買ってその場で抱かせてみたウサギのぬいぐるみとのツーショットもある。誕生日だけではなく、どこかに出かけたときの写真や、購入した雑貨、中にはメモ代わりに使ったのか料理のレシピだけが写っているものもある。掃除は苦手だが写真を撮るのはうまいのか、なかなか1枚1枚がよく撮れている。

なかなか興味を引かれて3人で楽しく見ていたのだが、を除くクロームと犬は、あることに気がついて首をひねった。

それはとても些細なことなのだが、千種の写真がとても多い、ということだった。どこかに出かけたのか、店の中でパスタを食べている千種をとっているものもあるし、歩いている途中を後ろから撮ったようなものもある。部屋で音楽を聴いているようなのもあるし、がちょっかいをかけているのか、細い指先が画面に映りこんでいるものもある。千種は大体、面倒くさそうにレンズから目線をはずしていた。
犬は千種とが仲が良いのを知っているし、クロームも、掃除のことがあってなかなか千種とは仲がいいんだと感じていた。

思い返せば、はよく千種と出かけていたような気もする。でもこんなに写真があるほど出かけていただろうか。今まで気にしなかったので、とても不思議に思えた。犬が疑問に思っていると、が突然カメラの電源を切った。画面が真っ黒に消えて、あっ、と犬とクロームが声を上げる。

「骸と千種帰ってきたね、足音する。クリームシチューあっためなおそうか。犬はサラダ出してもってって」
「へいへい……」

カメラはのジーンズのポケットにしまわれてしまった。2人は未練がましく、そのポケットからなかなか目線をはずせなかった。
しかし、犬は特に気にしないことにしたのか、冷蔵庫からサラダとドレッシングを出す。サラダボウルの中身を見て、「肉は……ないんらよなぁ」とつぶやいている。

クロームは再びコンロのスイッチをひねりながら、先ほどの写真のことを思い出す。クロームがもしかしたら、とあることに思い立った瞬間、火がぼうっと点いた。頬が熱いのは、クリームシチューの湯気のせいではないだろう。当事者でもないのに、とクロームは少しだけ恥ずかしくなった。





そしては食器を出すと、犬を追い抜かして真っ先に、千種を出迎えにリビングに向かったのだった。