「姉!」
「わっ」
私はびっくりして、下に目線を向けた。
ぼふん、とお腹に埋まっていたのは、私の友達のフゥ太くん。
ころころした宝石みたいな目に、美味しそうな髪の色が、まるで絵本の中から抜けてきたみたいな。
私は、まだ制服を着たままで。つまり、学校帰りだったわけで。
「どうしたの〜?」
「ツナ兄を待ってるんだ!姉と……話したい!」
眉を八の字にして、眼をうるうるさせるフゥ太くん。
これを見て可愛いと思わない人は、多分ほとんどいない。
私だって、初めて見たとき思わず抱きしめちゃったんだから!
「いいよ!」
「わ〜い!」
ぴょんぴょんと跳ねるフゥ太くんが歳相応で、私は頬を緩めた。
初めて会った時はなぜか男の人たちに追いかけられていたから。
私はすばしっこさに自信があったから、ちょっとばかし助けてあげたのだ。
歩いていた道から、河川敷に降りて、草の上に座る。
こうして膝を抱え込めば、なんだかふんわりした気持ちになる。
「何を話そう?」
「そうだ、姉のランキングを教えてあげようか?」
フゥ太くんは、いろいろランキングができるらしい。
どうやっているのかは知らないけど。
……なんだか、外国の名前とかもある。
フゥ太くんは、いろんな国にいったことがあるのかな?
そうだったら、本当に絵本の中の登場人物みたい!
私が空想にふけっていたら、フゥ太くんは不思議そうに私の服の裾をくいくいと引っ張った。
その仕草だって、可愛い。
「……姉?」
「あ、ごめんごめん。それじゃあ、いいのだけ教えて?」
「じゃあ、これかな?」
ふんふん、字の綺麗な人ランキング。
「わぁ、私17位にいる!」
「ね?しかも、この後のランキングに、日本人は一人しかいないんだよ!」
「他には、他には?」
おっきな分厚い本は、なんだかとってもお洒落なつくり。
小さいメモ帳とかにしたら、フゥ太くんとお揃いなのに。
「そうだね、結った髪が綺麗な人ランキング、26位!
あとは、星を見つけるのが上手な人ランキングで37位!」
「わぁ」
なんだか、キラキラしたものばっかりで、私は頬が林檎みたいに真っ赤になった。
うれしくって、胸に春がやってくる。
私は思わず興奮した。
「すごいすごい、フゥ太くん!かっこいい!」
「えへへ、そうかな?」
フゥ太くんはちょっぴり頬をそめて笑うと、「姉のために調べたんだ」と言った。
わぁわぁ。なんだかちょっぴりロマンチック!大人の男の人だったら、私イチコロかも!
「フゥ太くんは、本当に王子様だね!」
私は、自分でも夢見がちだと思うけど、それでいいのだ。
フゥ太くんは、ランキングの本で口元を隠して、おどけるみたいに笑った。
「だったら、姉の王子様が良いなぁ!」
「ええ〜!嘘だぁ!」
フゥ太くんは、本当に可愛い顔をしている。女の子みたいに可愛い顔をしている。
将来は絶対に「王子様」になっちゃう。
私は、ふふ、と隠れて笑った。
フゥ太くんが、どうしたの、と声をかけてくる。
「んーん。早くおっきくなってね!」
*****
そしたら、本当におっきくなっちゃいました!
「久しぶり、姉!」
「うわぁ!フゥ太くん!」
大きく開いた扉から、大きくなったフゥ太くんが、私をぎゅっとした。
ちょっとだけ息がつまったから、「むう〜!」と言って、開放してもらう。
顔を上げて、フゥ太くんを見る。10年ぶりだけど、優しそうな顔と、あの宝石みたいな目と、美味しそうな髪の色は健在だった。
「どこ行ってたの?」
「旅行だよ」
ひゃあ。やっぱり世界中を回っていた!
驚きながら、大きくなったフゥ太くんを見る。
背が高くて、なんだかなんだか。
「どっちかっていうとフゥ太くんのほうがお兄ちゃんみたい」
「えへへ、そうかな」
笑いかたはおんなじ。ふわぁ。
「すごい、本物の王子様がきちゃった!」
「姉のね」
「ええ〜まだ言ってるの」
「冗談じゃないもの」
にっこり、と笑ったフゥ太くんは、なんというか、可愛らしさに加えてかっこよさがいっぱいだった。
きらきらした星が、周りに飛んでてもおかしくない。
さすが、星の王子様!
「そうだ、姉、あそこの川原にいかない?」
「ああ、いいよ!……そうだ、スピカを見つけたんだ」
「スピカ?」
私の大好きな星、スピカ。
宝石みたいな名前の、スピカ。
「そう、どっちが早く見つけられるか、勝負しよう!」
「ええ、無理だよ、姉星を見つけるのが上手な人ランキングで37位でしょ?」
「大丈夫、大丈夫!」
根拠も無いけど、それって素敵だとなんだか思ってしまった。
ううむ、我ながら空想乙女。
「そうだ、お茶を淹れてくる!」
私は、くるりと半回転して、後ろを向いた。
そしたらいきなり、何かがのしっと私の背中にくっついた。
ふんわり香った匂いに、ちょっとだけどきどき。
「……フゥ太くん?」
私が呼びかけたら、フゥ太くんは切ったばっかりの髪に顔を埋めた。
うう、くすぐったい!
「姉、大好きだよ」
「?」
「うん、ずっと好き」
鎖骨のあたりに、フゥ太くんの長い腕がクロスしている。
ちょっとだけ指がどきんどきんする。
もしかして、なんだろう、なんて、なんて、絵本みたいなんだろう!
「……それは、それは、物語の最後の、二人は幸せになりましたーって意味の好き?」
私はちょっと焦りながら聞いた。
フゥ太くんが、くすくすと笑う。
笑い方、やっぱりそのまま。
「うん、それ」
その言葉に、私は真っ赤になった。
美味しそうな林檎に匹敵するくらいに真っ赤。
わたしは、フゥ太くんの腕の中で、もう一度ぐるりと半回転した。
フゥ太くんの顔に、また少し顔が赤くなっちゃったけど、私は精一杯笑った。
「スピカ、見にいこうフゥ太くん!」
ねぇ、私の答え、分かってくれたかな?
分かってくれたよね、笑ってくれているもの!
フゥ太くんが、私をぎゅう、と抱きしめた。
「姉」
私はちょっとだけ背伸びをして、鶏みたいに少しだけ上半身をたおして、ぴーんと固まった。
「ふふ、なんですかーフゥ太くん」
ちら、と見た髪の毛の色に、私はお菓子の甘い匂いを思い出した。
スピカのしあわせ
なんだか、宝石を抱きしめているみたい!