っ、先輩!」
「よっ、キョン後輩」





茶化した台詞が、俺を向かえる。

息を切らしながらホームへと向かったら、丁度電車が来たところだった。
ふわりと吹いた風に、ワンピースの裾が揺れる。





先輩は俺を見遣ってから、俺の手を握った。「いっ!?」





――つい、驚いた。
俺は慌てて先輩を見る。気分を害してはいないだろうか。

「……何それ。ほら、早く乗ろう」

奇声にも特に踏み込まず、ころころと笑う先輩。





「……」





ハルヒとは、全く、全く! ……逆の性格である。





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かたたん、かたたん、と小さな振動を伝えながら、どこかへ向かっていく電車。
特に行き先もなく、ぶらぶらと電車に乗ってみようか、という先輩の言葉を思い出す。





……まぁ、誘ったのは俺なわけ、だが。





行き先も決めずに誘ったから、先輩はそんな提案を持ち出した。
まぁ、偶の休日だから、先輩と過ごしたいなぁ、という気持ちがあったわけだ。





「……」





繋がれたままの手を、平静を装いながらどうしたものかと思案する。





「ん?これ?」
「え」





先輩が俺の目線に気が付いたのか、つながれたままの手を上げる。
まるで紐で繋がれたように、ぶらんと伸びる俺の手。

俺は慌てて弁解した。





「……いや、嫌とかじゃなくてですね、その」
「……恥ずかしい?」
「……イエス」





先輩は小さく笑うと、じゃあこのままにしておこう、と呟いた。
……何だ、Sですか。





「……」





段々と汗ばんでくる手に焦りつつも、電車の振動に身を任せた。
……もう、どうでもいい。役得と思っておこう。





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少し古めの、喫茶店に入った。
からんからん、というベルの音に、コーヒーの香りが鼻をつく。

「……」

店員さんにスマイル0円で挨拶されて、席につく。

ラミネート加工された、手作り感漂うメニューを見ながら、先輩は小さく呟いた。

「キョンくん、飲む?食べる?」
「朝、結構食べてきたので、飲むだけに」
「じゃあどれにしよっか」

木の机の上に投げ出されたメニューを見て、思案。

「……先輩は?」
「アイスティー飲む」
「じゃ、俺も」

面倒だったので、乗っかる事にした。

「……」

先輩はきょとん、とすると嬉しそうに笑った。
……その笑顔には、どんな言葉も当てはまらない。





あえて言うなら、最高。





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「えーっと、アイスティー二つ」





運ばれてきたお冷を手で弄びながら、オーダーをする先輩。
店員のお姉さんが、こくりと頷きながらオーダーを書き記す。





「少々お待ちくださいー」





二人で顔を見合わせて、黙る。
先輩が、小さく切り出した。

「……何か喋る?」
「そう、ですね」

うむ、と頷きながら、椅子にもたれかかる先輩。





「じゃあキョンくんのSOS団のお話とか」
「休日になってまでその話を……?」





項垂れる俺に、先輩はころころと笑った。





――先輩にはよく、SOS団の話(主に愚痴)を聞いてもらっている。
先輩が冗談半分でSOS団に入ろうかな、などと言った日には、必死で止めた。





先輩は笑うのを止めて少し俯くと、小さく零す。

「そうだね……休日になってまで、その話は無いかな?」
「……先輩?」

様子が少しおかしいので、先輩に声を掛ける。
先輩は顔を上げると、「嫉妬しちゃうわぁ」と誰かの真似をしながら零した。





嫉妬。
……嫉妬、ねぇ。





「……俺は、先輩とSOS団は切って考えているつもりですよ。まぁ、愚痴とか聞いてもらってますが」
「……」
「よそはよそ、うちはうち。……それじゃ駄目ですか?」

ジェスチャーを交えながらそう言うと、先輩はふるふると首を振った。





少し安心して、先輩と目で笑いあっていたら、コップが二つ、運ばれてきた。





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「ひゃあ、冷たいー」
「あんまり深く行かないで下さいよ?」

シンプルなワンピースの裾を摘みながら水に足をつける先輩。
先輩はここら辺になら来た事があるらしく、かすかな記憶を頼りに、川へと来ていた。





ためしに水に指をつけたら、一瞬で凍りそうなほど、川は冷たかった。





「……先輩、寒くないですか?」





そんな薄っぺらい格好だし。





先輩は顔を上げると、にこにこと笑った。
興奮からか、少し頬が上気している。

「ちょびっと寒い」
「早めに出たほうがいいですよ」
「うん」

そう言うと、先輩は素直に従って、こちらへ向かってきた。
足がかじかんでしまったのか、ふらふらと、危なっかしげに歩いている。

先輩が俺の元に辿り着いたとき、あんまりにも不安で、先輩の二の腕を掴んだ。
先輩が、不思議そうに俺を見上げる。

「……キョンくん?」
「危ないですよ」
「……大丈夫なんだけどなぁ」





先輩は、小さく苦笑した。





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昼ご飯は、コンビニで適当に買って、どこかで食べる事にした。
コンビニの袋を持ったまま、ふらふらと歩いていく。





「海とかあるかね?」
「さぁ、どうでしょうね……」
「無かったら公園でいっか」
「そうですね」





先輩は俺を見上げると、にこにことしたその顔を見せた。
後光が射している幻覚が見えるのは疲労の所為だと思われる。





「今日、楽しかったね」
「そう、ですね」





そっか。
もう午後からは帰らなきゃいけないのか。





ぶらぶらと歩いていたら、田んぼ道に出た。
土の香りが、仄かに漂う。





「今日は楽しかった」





先輩が、小さく呟く。
俺は時間を止めたい気持ちで、その続きを打ち切った。

「先輩、まだ終わってないのでそういうのは無しで」
「嫌だ」

にこにこと笑いながら、拒否を口にする先輩。





「……ありがとうって言いたい」

小さな呟き。
しかし、俺の耳はしっかりと、先輩の音を拾っていた。

「誰に?」
「キョンくんに」





……俺?





首を傾げる俺に、先輩は微笑む。

「いっぱい、いろいろ、知れたね。キョンくんのこととか」
「……俺も、先輩の嫉妬やらなんやら、知りましたよ」
「そのこと言わないでよー」

ぺしぺし、と俺の背中を叩く先輩。
今日は可愛い先輩にたくさん会えたなぁ、と独りごちていると、先輩が俺の手を握ってきた。





「……」

その、繋ぎ目を凝視する。





「あ、やっぱ二回目じゃ動揺しない?」
「え、まぁ」





なーんだ、とスイングするように口ずさみながら、繋がれた手を大きく振る先輩。





「キョンくんとは、こういう仲でずっといたいなぁ」
「……俺はもうちょっと」
「え?」





先を行く先輩が振り返る。
俺は言葉を飲み込んだ。





「いえ」

小さく首を振ると、先輩は不思議そうな顔をしながらも前を向く。

「……でも、もうちょっと仲良くもなりたいなぁ」





あ。





……俺の気持ちを、先輩が代弁した。
俺は先輩に近寄って、横に並ぶ。

ん?と首をかしげながら、俺を見上げる先輩。





「俺も。……俺も、先輩と、もう少し、仲良くなりたいです」
「……」





先輩は、顔をほころばせた。





「ふー……」





……さて。
騒がしい日常に、回帰するかな。





……先輩が、喜べるようなおもしろい話を、たくさん持ってこないと。

この先、
”愛”につき

(……けど、まだまだ道のりは長い)