「あ、あの人好み」





ふと呟いた声が、目の前の長谷に届いたようだった。





ファミリーレストランの、ゆるやかな喧騒。





……今日は偶々、本当に偶然、長谷に出会った。

これは運命かな、とか乙女に考える暇もなく、相席になり奢ってもらった。
こんな出来た彼氏は詐欺師じゃないかと考える私は捻くれているのであります。





長谷は咄嗟にファミレスのメニューから顔を上げ、身を少しだけ乗り出した。
ていうかもう食べ終わったのに何でメニュー見てるの。

「……どいつ?」
「あの人。あの眼鏡をかけた、短髪の」
「……ああ、あいつか」

私が指し示す人を、長谷は興味なさげに見遣る。
私は、体を捻った状態から元に戻す。「興味なさそうだね」

長谷はメニューを折りたたむと、きっぱりと言い放った。





「無い」





私はそれを見て、ふうん、と呟いた。
ただその声色に、面白味が混ざっていた事に長谷が気が付く。「何だ?」





「ううん、なんで無いのかなあ、と」
の、……好きな奴の好みなんて聞いたってちっとも面白くない」
「うわぉ直球ですこと。じゃあ長谷みたいな人って言ったら」
「俺しか受け付けない『みたいな』はいらない」
「……ちょっとは甘受してほしいものだ」





私の好みは、ああいう、落ち着いた人なんだ。

そう、うっとりと呟いて、小さく笑う。
長谷は鼻で小さく笑った。

「いわゆる草食系」
「ヒョロヒョロしてるって事か?」
「それも含む」

長谷の軽やかにストレートなジョーク(と書いて嫌味)を受け流し、
少しだけ考えた。





長谷の綺麗に整った顔。
全く以って似合いすぎているその服。
というか、全て、全て。イッツ・パーフェクツ。





……なのになんで長谷と付き合っているのかな。





十数年前までは「お父さんと結婚するー」とか「ケンくんと結婚するー」とか
平和にぽやぽやで純粋な発言をしまくっていた筈なのに。ケンくんて誰。





……。





「……いけない、マリッジブルーモドキに、」「なるなよ」





私の演技がかった軽口に、長谷が少し苦笑する。……その顔好き。

「……」

改めて見る、生の長谷の顔は整っていた。
大体長谷の顔の作りは草食系寄りといっても問題無いのに、性格は全くの肉食系。……謎。
何で付き……。





「……」





考えるな、と暗に言われたので、話を強引に方向転換した。
ジェットコースターが突然コーヒーカップぐるぐるーに変わるくらい強引に。





「長谷とのおしゃべりは楽しいね」
「そりゃどうも」
「大抵の人は私のブラックジョークでドン引きしたりしちゃうからね」
「俺はくらいが楽だけどな」

あとは、長谷の親友の稲葉くんとか話合うね。





そう呟いたら、長谷の眉がぴくりと動いた。
……お?

少し顔の険しくなった長谷の言葉を待つ。
ちょっぴりわくわく。





「……取るなよ」
「……、やだー、それは稲葉くんに言う台詞でしょ」
「冗談だ」
「嘘つき、妬いたな」
「全然」
「……昼間から送り狼にならないことを願う」
「善処する」





私は肩を竦めた。





しょうがないから、閑話休題。
あれ、さっきもやらなかったっけ。

「でもやっぱり、草食系は好き」
……それは新しい別れの言葉か何かか?」
「でも長谷は違うもんね」





そう言うと、長谷はきょとんと目を丸くした。やだ、可愛い。その顔好き。赤ちゃんみたい。
……なんちゃって。まぁ確かにその顔は好きだけどね。





私は長谷の顔を見ないで、言葉を続けた。
誰、今照れ隠しって言った人。正解だよ。










「好みはあるけど、長谷は特別。本当に本当」










早口で、ぺらぺらぺらっと喋った。
お母さーん、あの人どうしたのー? しっ、見ちゃいけません。 お黙り。


あまりに不自然にそっぽを向いているので、長谷にはもうそろそろ反応をしていただきたい「……あのな、」「ほい?」なんか回復呪文みたいな返事出た。










「送り狼になるかもしれねー、から覚悟して」「だが断る消えろ」










……こいつめ、油断も隙もねーぜ。そしてロマンもねーぜ。あんまりいらんけど。
あ、でもね意外とこいつがっつかないよ、ヘタレだよ皆にチクっちゃるー!





「ふはは」
「……何でいきなり笑い出すんだヨ」
「長谷がステキだからね」
「嘘をつくな嘘を」
「人間必ずしも嘘をついてしまう時が」「あるんだなハイハイ」





軽くあしらわれた。





長谷が伝票を持って立ち上がる。「もう行くの」不倫相手みたいな台詞でた。
長谷は軽く肩を竦める。





「流石に居座ってたらいい顔はされないだろ」
「まぁね。でも帰りは別々だから、もうちょっと話せるかなーと思って」
「……家、方向同じだよな?」
「長谷はピンクレディーを聞くべき」
「……善処する」
「そればっかり、嘘つきだな」





ピンクレディが、男は狼なのよ、気をつけなさいと過保護に言うから、重装備に対応しているだけ、私は。





レジに向かい、お支払いはもちろん長谷がしてくれた。

ちなみに私は以前、割り勘が好きなのになあ、と零したら確か、
これくらいは格好付けさせろ、といわれた。……アレ、じゃあ私の前では格好悪いのかな、この人。





お釣りのちゃりん、という音で現実に引き戻され、妄想中であった『格好悪い長谷』は雲散霧消した。

営業スマイルをパワーマックスにする店員さんを見つめる。
あの人は……肉食系だな。





「ねえねえ長谷」
「ん?」
「私って草食かな、肉食かな。あ、小動物は抜いて」
「……そうだな、」





ドアを押しながら、長谷が思案顔になる。





は……」「うん」「、はー……」「うん」

早くしないと、帰り道に差し掛かっちゃうんだけど。
そう思っていたら、長谷はぽんと手を叩いた。










「……俺の恋人」トチ狂った答えが返ってきた。「阿呆」即答した。










でもちょっと嬉しかったりするのは……まぁアレだよ、アレ、何ですか、アレ。先生、アレってなーにー。
……、……あー顔が熱い。





僕の私の
恋人系動物

(じゃあ肉食動物くん、ハウス、ダッシュ。その後に私は帰るから。)(……俺は犬じゃないんだぞ?)