ある日、XANXUSの部屋にて。

いつもどーりオレはプリン(もしくは何か甘い物)を食べようと備え付けの冷蔵庫を開けたわけだ。
ひんやりとした空気が内側から漏れてきて、うん涼しいなぁって思いながら目当てのものを目だけで探す。

……あ、あった。

そこにあったのは深い黄色のプリン。綺麗な容器に入ったプリンを取り出しながら、目の端に映ったそれに気付く。
深い赤色……んー、赤紫? ……まぁ、良いか。そんな感じの色の液体が瓶に入ってた。
多分葡萄系のジュースだな、と思った。それにしても美味しそうだ。うん。
……少しだけならばれないかなぁ。(ちょっと減ってるし。うん、少しだけ少しだけ)

別の所から小さいコップを持ってきて、そそぐ。(ちなみにプリンはもうソファの前にあるテーブルに置いてあるぜ! 完璧だなオレ!)
ジュースを冷蔵庫に戻して、コップを持ったままオレはソファに向かった。さて、プリン食べるか。
あれ? でもなぁ……ジュースから飲むか。うん。XANXUS帰ってきてこれ飲んじゃ駄目(高いんだぞ!)と言われたら泣いちゃうよオレ。怖いもん。よし、先に飲んじゃおう。

そう思って、くいっと一気飲み。最初は甘味がどっと押してきて、その後は酸味と苦み……あれ?
視界はブラックアウト。ぐらり、と体が揺れた。










僕は君を必要としています、だから、喜んだのです。










その日俺は、部屋に向かっていた。
仕事が片づいてやっと出来た休暇。部屋に残してある酒を飲みきるつもりだったのだ。
部屋のドアを開ければ、ソファに深く腰を掛けたがいて、少しだけ驚いた。
がいるのはいつものことだったが、その纏う空気に驚いたのだ。
薄暗い、まるで触れればそのまま引き倒されてしまいそうなそんな空気。目に見えない筈のそれが、どうしてかそこにあることが分かった。
だが、どうしてかが泣いている気がして、俺はの傍に近付いた。

?」
「なぁ、XANXUS」

呼びかけた俺の声に被せるようにして、が俺を呼ぶ。やはり泣いているような声だった。本当に泣いているのだろうか。
俺はが泣いているのを見たことがない。いつだっては泣いたことがなかった。穏やかで荒れ狂う海のようにそこにいて。

「なぁ、XANXUS」

が顔を上げて、もう一度俺を呼んだ。その顔は恐ろしい程無表情で、声は逃げ出したくなる程冷え切っていた。
は泣いてなど、いなかった。それに安心している馬鹿がここにひとり)

「――どうして、オレはここにいるんだ」

顔を俯かせ、問いかけですらない断定的な言葉を吐きながらが俺の手を取った。痛い程握り締められて、けれどその手を振り払うことなんて出来なかった。
その手が、震えていたから。
(ふるふる、ふるふる、まるで迷子になった子供のように小さく小さく、手が揺れる)

「もう帰れないのか、あの場所には」

ただ俺はに返す言葉すら見つからず、そのまま立ち尽くす。
はどこに、帰りたがっているのだろう。その答えを俺は知らないが、予想位はできる。
が元々いた場所だ。それがどこかは分からないが、そこには帰りたがっている。
ある日突然現れた、夢のような存在を帰したくないと俺の中で誰かが叫ぶ。それは俺だって同じだ。
だが、きっと俺はが帰ると言うなら引きとめはしないだろう。引き止められないだろう。
もしもその場所がどこか分かるのなら、その場所を消しに行ってしまいたいけれど。
(きっとそうしたら、は怒るだろう。怒って俺を殺すだろう。ああ、けれど、それでも良いかもしれない。に、の手で殺して貰えるのなら、それで、)

「……違う!」

俺の手を投げ捨て、が頭を抱えてそう叫ぶ。まるで泣き叫ぶような声。(けれどきっと、さっきと同じように無表情なままなのだろう、まるで泣くことを知らないような顔をしているのだろう、ああ、)

「……オレは……帰れないんだ。帰れない、そう……もう、帰れないんだ!」

嘆くような声。紡がれた言葉の意味に、俺は脳天から雷が落ちたような衝撃を感じた。
……帰れ、ない。

「……帰れないん、だ」

俺の衝撃に気付かないまま、確かめるように、ぽつり。が呟く。その声はしんと静まった部屋に染み込んで、浅ましい俺に溶けて消えた。
(俺は確かにその時、歓喜していたのだ。どこかも分からないのに、自身が「そこ」へ帰れないと言ったことに対して)



(2008.08.24)

みりんサマ、ありがとうございます!
本当トロいヤツですみません……これからも仲良くしていただけると幸いです。