テーマ・「小野さんちの妹子くんについて」。

はじめに、簡潔な人物像について。

妹子は生物学上男である。
妹子は現在中二である。
妹子は私よりも少しチビである。
妹子は意外に顔がよろしい。
妹子は性格も平凡平素。
妹子は結果モテる。
妹子はちょっと学ランが似合わない。
妹子と私と太子は心の友と書いて心友である。
妹子は…えーと、思いつきません。

…その次に、彼との出会いについて。

「……話、聞いてる?」
「聞いてるって」

嘘です。





     ☆





あれは中学一年生の頃。
私は初めての席替えにて一番後ろ、窓際の席というベストポジションを確保していたわけだが。

突然、席を交換したいと申し出る人がやってきた。
その子は女子で、新一年生の割にスカート短かったりやったらちゃらちゃらしていた。
おそらくあの、先生の目にとまらない席が良かったのだろう。





当時の私は上京を拒む地方者のごとく、「中学は怖いとこだっぺ」と中学校について
なにやらよからぬイメージを持っていたわけである。
「断ったらビンタかリンチ」と明らかにカタカナ三文字でも差のある暴力で、
私は自分自身を脅迫していた。





引き攣る顔を何とか笑顔に変え、私はそれを了承した。
さっさと教科書エトセトラを持ち、そそくさと彼女に指定された席へと向かったのである。





その席の隣の男子が妹子だったわけである。
ちなみに妹子とは違う小学校の出身だ。





…これで話を終わらせるのは味気ないので、彼との間にどんな会話があったかを
一部抽出してみようかと思う。

まずお隣になった初期。

「…?」
「あー…席、譲ってって言われたんです」
「ああ…」
「…すいません」

思えば何故私はあの時謝ったのか。謎は迷宮入りである。いたたまれなかったとかそういうわけでは。
いやもう断じてそういうわけではないのである。

…出会いからさらに、約一週間くらい経過した頃。

「小野くん、ここって何?」
「…謙遜?」
「ああなるほど」

国語の授業にて。ちょっと仲良くなっちまった的な雰囲気がむず痒い。

出会いからさらに、約一ヵ月半くらい経った頃。

「妹子、あれ誰?」
「あれって…?ああ、太子か」
「タイシ?…ああ、友達なのか。妹子の」
「…否定はしないでおく」

太子とのファーストコンタクトはここらへん。





そして、出会いから約一年。

「…、どうしよう」
「…」
「…、どうしよう」
「…何がだ」

=現在。





     ☆





夕焼けで、橙の膜がうっすら出来ている。
窓側の席からグラウンドは大体一望できる。今はサッカー部のユニフォームがちょこまかと動いていた。

「どうしよう…」
「どうしようっつったってさー」

妹子の手には、真っ白な封筒が握り締められている。
封筒、といっても、コピー紙か何かで簡単に作られたものである。

私の正面にいる妹子は未だ小さいが為、私がしっかりと前を見ると眉から上しか見えない。





閑話休題。





さて、さっきから妹子少年は「どうしよう」を連発している。
問題は、そのちっぽけな封筒にあるのだ。

「…」
「妹子、そう悩まなくてもいいじゃないか」





実は私も知っている後輩チャンが、なんと妹子に恋文、横文字で言うならラブレターを渡したのだ。

渡した、といっても下駄箱に入っていたのだが。





     ☆





いつものように妹子と一緒に帰る事になり(太子は薄情ながら先に帰宅した)、
二人で下駄箱に向かったのだ。

そして、妹子が下駄箱から靴を抜いた瞬間、原因となる封筒はコンクリートの地面に落ちた。

妹子がそれを拾い、私と顔を見合わせた。そして二人で手紙を見つめる。
正確には、手紙の差出人の名前を。





その間二秒。





そして妹子は、何を思ったか「…わぁああああ!?」と叫んだのである。
手紙から溢れ出すただならぬ雰囲気に、私も「えぇええええ!?」と叫んだのだ。

そして緊迫したまま二人で頷きあい、早々に教室へと逆戻りしたのである。





     ☆





現在、妹子の頬は少し赤い。
りんごほっぺ、というが、どちらかと言えばぼやけた日の丸っぽい。

先ほどからの言動に正しく従うならば、
妹子は「嬉しい」のではなく「照れ」ているのだ。
興奮の上気ではなくて、羞恥心とか、そういう類の。

「どうしよう…」
「うーん…」

あの時太子がいなくて本当に良かった。
いたら、明日には妹子が注目の的になる。

私は背もたれに全体重をかけ、足をぶらぶらさせながら思案した。





嫌なら別に無理しなくていいんじゃね?
…うん、これだ。

「嫌なら別に無理しなくていいんじゃね?」
「そういうわけにも…」
「だって後回しにするとツケ回ってくるよ。妹子は付き合いたいの?それとも違うん?」

そう考えると、両思いとはとてつもなく難しいものだと思う。
あんまり考えると哲学的というか詭弁になりそうなので考えるのはやめておいた。

「嫌いってワケじゃないけど…付き合いたいとかは」
「じゃあそういいなよ。相手も手紙だから、返事も手紙でいいんちゃう」

ほれ、書くよ!と私は妹子の頭をはたいた。
そしたらはたかれかえされたが、気にするものか。

私は自分のノートのページを、一枚破った。





「はい、シャーペン持って!」
「ううう…」





修行僧のごとく唸る妹子を叱咤して、私は外に目をやった。
あ、サッカー部整列してるよもうそんな時間だよ。

早く帰りたいなー、と思った後、私も中々薄情であるなぁ、と思った。
心友が悩んでいるというのに、早く帰りたいとは。
じわじわする帰宅心が、貧乏ゆすりとなって表れる。

「ちょっ、揺らすな!」
「へーい」

中々必死な妹子くんよ、チミに付き合ってやってるのは誰だね?うん?

私はじっと前を見据えた。
妹子は今、背中を丸めているから旋毛が見える。





…ちびちゃい。
私より数センチちびちゃいだけでちびちゃいと感じる。
そういえば、女子に「チビ!」とか「ちっさいな」とか言われるたびにへこんでいたな、面白いほどに。





…もしや、友情は愛の前には負けるのだろうか。ふとそう思った。
いや、太子と妹子を見ていると、そんな気はしないが。

じっと妹子を見つめていたら、妹子の目がこちらを向いていた。

「…何。気持ち悪い」
「酷いね君。シャーペンと紙返せ」
「ごめん」

そうなったら、私はもうちびちゃい妹子を見る必要が無くなるかも。
それはそうしなければならないんじゃなく、おそらく自然とそうなるのである。
今までどおり接していても、時間は短くなる。





…いやいや、閑話休題。なかなか青春小説みたいなどろどろした事を考えてしまった。
私の苦手なもののうち、どろんどろんと悩む青春小説というものがある。
いかんいかん。





紙を削るような、カッ、カッ、カリカリ、という渇いた音がする。
この音は意外と好き。





「妹子」
「何」





カリカリカリ。





「断るの?」
「…うん」





さっきよりはしっかりした声だったから、私は少し頬をゆるめて「ふーん」と呟いた。
妹子は怪訝そうな顔で、手紙に目をやったまま「何」と聞く。





こういう気持ちは、微笑ましいというのか。
胸骨辺りが、猫に柔らかく引っ掻かれている気がする。





「えへへへへへ」

私は、わざとらしく笑った。

「何」

妹子がまた同じ問いかけをする。

「んーん」

私は幸せな感覚に、足をふらふらさせた。





妹子が書き終わって、「よし!」と呟く。
それも何だか可笑しくって、笑いを堪えるのに必死だった。

肩を震わせる私に、妹子が怒ったように眉を八の字にした。

「笑い事じゃないよ」
「ごめ…くっ」

いかん、これ喋っちゃ駄目だ。





確かに、一つの恋が終わるというのに私は何を笑っているんだろう。
酷いなぁ、私。
でも駄目だ、幸せなものは幸せだもの。





「どうしよう、私、」
「…?」

あー、と声を上げて笑いをいったん切る。
目の前には変な顔をした妹子。





「私、妹子といて正解だったんだね」





…あ、妹子照れた。


(高校に入って、背が大きくなった彼の話はまた今度)