僕と彼女の
平平凡凡な一週間?
彼女は僕のクラスのムードメーカー。名前をさんと言います。
いつも何がおかしいのか、へらへらけたけたと笑っていて、僕とは対極的な存在。
そんな彼女が、月の始め、月曜日に僕に告白をしてきました。愛の。
残念ながら、告白内容とか、彼女の声や表情は記憶から欠落して覚えていません。
『……』
気が付けば、僕は首が千切れるほどに首肯していて、はっと我に返った頃には、彼女が僕にダイブし、
僕はそのまま机の角で頭をぶつけるという事故に発展していました。正直極楽が見えました。
……まあ、そんなこんなで、僕らは付き合っているようです。
別にいいですけどね。彼女は結構可愛いですし。
●○●○
次の日、僕らは何ごともなかったかのように一日を過ごす……予定でした。
しかし、昼休みに事件はおこりました。
トイレに行った帰りに、突然彼女が背中にダイブをかましてきたのです。
彼女はダイブが好きなのでしょうか。前世はカエルかもしれません。
当然僕も、「ぐぇっ」とヒキガエルのような声を出し、つんのめりました。
転ばなかったのは、意地とでもいいましょうか。
彼女は僕の首に腕を交差させたまま、明るい声音でこういいました。
「おんぶ!」
その時僕は、確かに世界がめまぐるしく回転したのを感じました。
自分は、なんて人と付き合ってしまったのだろうと。
目眩もおろそかに、僕は彼女に問い掛けました。
「何故、いきなり……というか、これは圧縮されているようにしか感じないのですが」
「よくそんなぼそぼそ声で噛まないね。ていうか圧縮なんてしたら荒井くんもっと縮んじゃうじゃない」
「な……」
「あのね、昨日ドラマでさ、彼氏が女の子をおんぶするシーンがあったの。
今まで何気なく見てたけどさ、荒井くんいる!って思ったらもうやりたくてやりたくて」
「……」
彼女が滑舌よく喋る間にも、僕は地に向かって沈んでいきます。
腰が、と思ったときには、足はもうすでに動き出していました。
彼女を背後霊のようにひきずり、手近にあった窓の桟にもたれ、一息をつきました。
そしてその時思ったのですが、首筋と耳裏に生暖かい息がかかってるんです。
しかも、さんの胸が当たってるんです。多分。多分というのは、密着している部分が全体的に柔らかいからであって、
別に彼女の胸が少し小さいとかそういう意味ではありません。どこに当たっているのか、いまいちよく分からないだけです。
「……ふう」
微風が頬を撫でると、心に隙間が出来て、少しゆとりがもてました。
それから、未だ密着している彼女へと振り返りました。
「……」
「?」
彼女はにこにこ笑いながら首を傾げていて、僕は思わず息を吐き出しました。
……まぁ愛らしいからいいですけどね。
どこがといわれると、……その性格が。
●○●○
翌日、『さん抱きつき大事件(僕の中では)』は僕の教室と、なぜか左右のクラスに噂として溢れていました。
僕に向けられる好奇と憐憫の混じる視線。憐憫から推測するに、彼女はいつもこうなのでしょう。
しかし、彼女は今日も変わらず、人の中心でけたけた笑っていました。
少しだけイラつきましたが、……まぁ、眩しいのでしょうがないでしょう。
どこがって……そりゃあ、笑顔に決まっていますよ。
●○●○
「あーらいくんっ、かーえーろー」
「わっ、ちょ、さん?」
教科書を鞄に片付け、席を立とうとした絶妙のタイミングで、彼女はやってきました。
僕の腕を掴み、容赦なく引っ張ってきました。
僕も流されるままに席を立ち、彼女に半ば引き摺られるように教室を後にしました。
彼女に引き摺られながら呆然としていましたが、それはそれでわくわくしました。
何だか彼女がどこか、素敵な場所へ連れて行ってくれそうな気がして……いえ、妄言です。
「私荒井くんと一緒に帰るのが少し楽しみだったの!」
「はぁ……」
「荒井くんは何色が好き?何食べる?テレビ見る?新聞は読むの?前髪は最後にいつ切ったの?」
「え、あ、ちょっと……いきなりたくさん聞かれても」
というか前髪への質問だけ浮いていますが。
そう呟くと、彼女はあっ、そっかと言ってから、黙り込みました。
喋る気配が無いので、先ほど聞かれたことに一つ一つこたえていきました。
さんはその答えに、「私はねー」と自分の情報を提示することで相槌を打ちました。
何だか彼女と色々なものを交換しているようで、不思議な気持ちでした。
彼女は、素敵だと思います。
●○●○
昨日にならって、今回は僕がさんの席を訪ねると、彼女は破顔一笑して、プリント類をぐちゃぐちゃと鞄に突っ込みました。
満腹になったぷくぷくの鞄が、彼女の柔和さを演出していて、それはそれでありだと思いました。
彼女の周りにいた女生徒が、僕のことを幽霊でも見たような顔で見てきましたが無視しました。
「もう一週間終わりだね」
「まだ月の始めですけどね」
帰り道の彼女は、比較的に大人しい気がします。
肩を並べて歩いているからでしょうか。
「あー……二日も荒井くんに会えないのか……」
「……?たった二日ですよ」
「えっ?荒井くんは寂しくないの?」
「……」
そう問われ、僕は立ち止まりました。
彼女に出会った一週間は、甘美な果実のように充実したものでした。
それを思うと、彼女に会えない二日間……例えるなら、虫に食われて中身の無い果物と同じ。
そう思うと、とたんに体が虫に齧られたようで、
思わず彼女を抱き締めていました。
「わ、荒井くん……?」
「さん……」
いつもは積極的に抱きついてくる彼女は、少し恥らっているように見えました。
それを見ると、僕も少しだけ恥ずかしくなってきました。
……僕は、彼女が大好きです。
●○●○
「……はあ。で、それを僕に語って、何か」
「何ですか、分からないんですか」
「いえあの……何が」
「彼女の素晴らしさですよ」
彼女がいかにすばらしいかという話を涙をのんで十五分程度に纏めて話したというのに、
坂上君はいまいち煮え切らない顔でした。
「はあ……」
「じゃあ、僕はこれで」
「えっ!?あ、荒井さん、こんなことを話すためだけに僕を呼んだんですか?」
「こんなこととはなんですか」
じろりと睨むと、彼は小さく肩を震わせました。
彼女の素晴らしさはこんなものではないというのに……思わず歯噛みしました。
「すいません、少し語り足りなかったですね」
「ええ!?いやっ、もう分かりました!大丈夫ですってば!」
「……ちょっと、彼女に惚れないでくださいよ」
「面倒臭い!いやもう大丈夫ですし、好きになったりもしません!」
「いえ、もっと徹底的に……おや」
ふと時計を見ると、大分時間が経っていました。十五分程度だと思っていたのに。
「さんが待っているので、これで失礼します」
「え……あ、はい」
坂上くんに背を向け、僕は廊下に踏み出しました。
今日はすばらしい、月曜日。
すばらしい彼女と踏み出す、週の始まりです。
僕と彼女の
素晴らしき一週間!
(薔薇色といっても過言ではありませんよ、むしろ足りないくらいです)