「やあパンティ!来たよ…ってアレ??」

騒々しくセメタリーヒルズ教会にやってきたブリーフは、その目をぱちぱちとしばたたかせた。
ブリーフを呼んだ張本人であるパンティ(とストッキング)はおらず、教会は蛻の殻だ。ガーターベルトも、チャックも、誰もいない。

「あれ、いない…ん?」

――いや、1人だけいた。

長椅子に腰掛けた、ショートボブの人物。その人物はブリーフの声に気付いて、緩慢な動作でブリーフを振り返る。
そしてブリーフは、思わず間抜けに口を開けた。

「(か、かわいい女の子だ……)」

パンティと出会った時ほどの衝撃はないものの、ブリーフは思わず、少しだけ赤面した。

“女の子”は、アナーキー姉妹に負けず劣らずの容姿をしている。雰囲気としては、比較的落ち着いている妹の方に近いだろうか。
ベビーフェイスに無表情を浮かべているが、顔が整っているだけに不機嫌そうにも見えた。
少女には退廃的な妖しさが漂い、教会には少しだけ不釣合いなように思えた。

少女のなまめかしい唇がうごめいて、言葉を発する。

「キミ、誰?」
「うへっ!?」

間抜けな声を漏らしたブリーフに、少女が鼻で笑った。
そこでやっと、ブリーフも正気を取り戻す。

「い、いや、パンティたちの友達なんだけど…パンティはどこ?」
「知らない。どっかいったんじゃないの」

きょろきょろと教会を見回すブリーフに、少女はつっけんどんな口調で答えた。しかし少女には妙に似合っている。

ぼんやりとブリーフが突っ立っていると、少女は眉根を寄せて「座れば? 椅子いっぱいあるんだし」と言った。
それから、ぱんぱんと、自身の隣を気兼ねなく真っ白な手で叩く。

それに疑いもなく、ブリーフはあくせくと隣に座った。が、特に会話もなく、ブリーフは落ち着かない気持ちでいた。
しかも隣からは、甘酸っぱいようなベリー系香水の香りが漂ってくる。まるで鱗粉のように、少女が身じろぎすると、その香りがブリーフの鼻をいたずらにくすぐる。

「ねえ」
「はっ、はい! じゃなくて何!?」

正面を向いたまま、少女が口を開く。綺麗な横顔は、鼻がつんと上を向いていた。
頬もわずかに色づいてはいるが、雪のように真っ白だ。

「名前、ナニ?」
「………えっ、ボ、ボク?」

再び呆けていたブリーフが自分を指差す。
少女がちらりと、冷たいアメジスト色の瞳をブリーフに向けた。

「キミ以外に誰かいるの」
「い、いません。…ブリーフ、です」
「そ。よろしくブリーフ。…だよ。皆からは愛を込めて“ベビー”って呼ばれてるけど」
「皆?」

がすっと横を向いた。アメジストの大きな瞳が、前髪越しにブリーフの瞳とぶつかる。
の口角はわずかに上がって、蛇のような妖艶さがあった。今にも飲み込まれそうな雰囲気に、ブリーフは無意識のうちに腰を引く。
そのままは、顔をブリーフに近づけた。誘うような甘い香りに、恐ろしいほど整った顔。嗜虐的な光をわずかに含んだ瞳。鼻先が触れ合いそうな距離に、ブリーフは思わず座ったまま飛びあがった。

枝のように細くて白い人差し指が、ブリーフの唇をなぞる。は意味ありげに続けた。

「オトモダチ。ただのオトモダチじゃなくて…」

ブリーフは緊張したまま固まってしまい、の催眠術でも使えそうな大きな瞳を凝視し続けてしまった。
――だからこそ、やんわりと肩を押されただけで、椅子の上に倒れこむはめになったのだ。

「うわわわわっ」

そこでようやく妖術が解けた。下腹部にのしかかるに、ブリーフはわたわたと両手を動かした。
逆光の中、の唇が綺麗な三日月を描く。アメジストの瞳は、すでに捕食者のそれだった。

が体をしならせて、ブリーフとの距離を詰める。ブリーフは思わず堅く目をつぶった。
それがいけなかった。

「んー……」

より体を密着させて、がブリーフの耳たぶから顎を指先でなぞった。ブリーフの背骨がぞわぞわと浮く。
真っ暗な視界では、今どうなっているかもわからない。ブリーフの心臓が恐ろしいほどに早鐘を打ち出した。ブリーフの脳内が恐怖と未知の感覚でいっぱいになる。
倒れこんだブリーフの両足の間には、しっかりとの細い片足が入り込んでいた。

はブリーフの喉仏や、顔の輪郭をじれったくなぞる。ブリーフの口から、いじらしい声が小さく漏れるたび、の笑みは濃くなっていく。

「やっぱり、ぼくの目に間違いはなかったね」

真っ白で細い指先が、前髪の下を滑った。瞼をなぞられて、ブリーフの体が恐怖と、少しの恍惚でびくびくと震える。手が離れた瞬間、ブリーフは反射的に瞼を開いた。オリーブグリーンの瞳に、獲物を狙うような目のが映りこむ。
――それから数秒して、真っ赤な顔のまま、ブリーフは絶叫した。

「ぼ、“ぼく”!?」

が笑った。先ほどよりは快活な笑みである。
けれどもすぐに、顔にかかった髪を振り払いながら、あだっぽく笑った。それはまるで、蝶が舞うように、凄絶で、しかしつかみどころのない妖しい表情だった。

「あいにくだけど、胸もぺったんこなんだよね。ただまあ、…そう、そこらの女のコよりは、絶対、」

顔をブリーフの耳に寄せ、がささやく。それからブリーフの左のてのひらをとって、自分の胸に当てた。
そしてブリーフの胸を、指先でひっかくようにひと撫で――










「…悪癖だな」
「今回は手ェ出してないって。気を失ってる人を相手にするほどゲスじゃないし。気がついたら茹だって気絶してたんだよ。かーわいい」

用事から戻ってきたガーターベルトは、教会の長椅子で赤い顔のまま失神するブリーフと、笑うを見てため息をついた。
は先ほどよりも、少年のような小悪魔の笑みで足を組んでいる。

がツンツンと、ブリーフの癖のある髪を引っ張った。
ブリーフが相当気に入ったのか、は先ほどから、眠る恋人にちょっかいをかけるかのようにブリーフを触っている。
ガーターがため息をついた。

は目を細めて、にやりと笑う。

「こういうコが、ぼくみたいな女装癖の男にヒイヒイ言わされてるの、すっごく燃える」
「…」
「ガーターだってスキでしょ? ぼくにされるの」

ふふん、とが笑う。
ガーターは沈黙を貫いていた。

「だから女装ってやめられない」

――アナーキー姉妹いわく、“頭がイカれてる”。
そういわれたとしても、はこの悪癖をやめられないし、何よりやめることのできない理由ができてしまった。
こっそりブリーフの前髪を掻き揚げて、先ほどちらりと見えた麗しいグリーンを想起する。あの瞳が、涙で染まっててらてらと光るさまは、本当の宝石みたいなのだろう。の体が震えた。

「うーん、しばらくはオジサマの相手をしてあげる気にはなれないな」

ぴくっとガーターが肩を揺らしたので、は思わず噴出する。
しかし特に構うことはせず、艶やかな笑みだけを深めた。アメジストの瞳は、いつもよりすこしだけ、熱っぽい。

「ぜーったい、今度は最後までいってやろっと」

の密やかな呟きに、ガーターは少しだけ慄いた。
はそんなガーターを気にもせず、晩餐を前にした猫のように、舌なめずりを1つした。