――だ。





一瞬扉の前をよぎった人影を見て、そう判断する。
が今日、何かしらの行動を起こすであろうことは98%の確率で予測できていた。

この間俺が残した、「文化祭の話し合い」というキーワードは、見事にの心に引っかかっていたようだ。





の行き先が、あの使われていない教室である確率――80%。

俺は事前に用意しておいた言い訳を使い、教室を抜ける。
教室は文化祭の話し合いで盛り上がっているせいか、俺が抜けてもたいした空気の変化はおきない。





俺はそれを、別に気にはしない。しかし――もしも、だったなら、気にして落ち込むだろう。

俺は、彼女のことをひたすら考察し続けた。
データを用いて、聞き込みをして、そして何より――のことをよく見るようにした。

俺の推測が間違っていなければ。





……はきっと、寂しい。





***





『先生、俺は、本当は、』
『ん?』





あの日。
俺は石田先生に、あることを漏らしていた。

言いよどむ俺に、石田先生は首をかしげながらも、答えを催促する気配はない。お人よしだ。





『……俺も、本当は、……を必要としている節があります』
『……うん?』
『彼女は、俺を必要とする。理由はきっと……、一人でいるのが寂しいから。
彼女は、俺が近くにいてくれるだけでいいと思っているでしょう。
だから、俺になにかを期待したりはしないけれども、俺自身のことは必要とします。
俺は、その感情に寄りかかっていた。……甘えていた、といったほうが適切かもしれません』





彼女は少なからず俺を好いているだろう。
しかしそれは偶然、「自分の虚無感を紛らわす都合のいい人間」が、自分の前に現れたからに過ぎない。





に対しては、知識も、テニスの能力も、何もいらなかった。
しかし、はなぜか俺を必要としてくれる。
そんな彼女を、俺は不思議に思い、そしてその安楽さに、身を委ねていた、と思う。

――に対して感じる違和感を、俺は今、石田先生の話によって理解した。
彼女は、酷い言い様かもしれないが、俺を必要としているのではない。

「自分の側にいてくれる柳蓮二という名の人間」を必要としているのだ。





石田先生は、少し気まずそうに笑いながら、頬を掻いた。





『……柳くんの話はしっかりした構成で、わかりづらいなあ』
『端的に言えば、俺はただただ必要とされるのが嬉しくて、彼女と友達でいたいと思っている、というところでしょうか』





に会わなければ起き上がらなかった感情。
以外でも沸き起こったかもしれない、たやすい感情。

しかし俺は、を見つけてしまった。
そして、少しだけ卑怯な感情を、己の中に芽吹かせた。





そういう意味では、俺も彼女と何も変わらない。

きっと俺は、ではなくとも、誰でもよかったのだろう。
「自分をひたすら肯定してくれる人間」であれば。誰でも。






あの教室に舞い込む、褪せた、力のない光は優しい。
彼女といることは、今の俺にとっての安息なのだ。





『……相思な友情だね』
『まぁ……、そうですね』

二人して、全く張りぼての友情ではある。
曖昧に同意すると、石田先生は窓の外を覗く。





『でも脆そうだ』
『……』





ちらり、と俺を見遣る石田先生。
俺は肩を竦め、少しだけ顔を緩める。





『……ご心配なく。俺の考える友情とは、互いに高めあうことが主旨なので。
気づいたからには、正します』
『あ、そう?……まぁ、あのテニス部を見てれば分かるけど』





石田先生は、目尻を下げて笑った。
俺も小さく笑う。





俺は確かに、なんとはなしにを選んだ。
しかし、彼女を選んだということに、データでは推し量れない、宿命のようなものを感じている。
……いや、運命というべきか。

彼女の張りぼての友情は、ある意味で、俺の性根を気づかせてくれたのかもしれない。





だからこそ、俺は今、正しい形で、彼女と友でありたいと感じている。
とは、共に前を見据えて、ありたいと。





彼女が、ぽきりと折れてしまう前に。





彼女を、立ち上がらせるために。





そして共に、立ち上がるために。





――俺は彼女に、手を差し出さなければ。










「(「友達」を捨てて困るのは、彼女だけじゃない。俺もなんだ)」