「ち、違う!」
私は、不自然すぎるほど即座に否定した。
即頭部が、ぴりぴりと痛みを訴える。
距離を取ろうと後ずさったら、掌を掴まれた。
いつも閉じている柳の目がうっすら開き、私を見つめる。
恐怖と苛立ちが入り混じり、私は泣き叫んだ。
「違う!私はなんにも、寂しくない、……楽しい、楽しいってば!」
「そうやっていつまでも自分に言い聞かせたままでは、先に進めない」
「黙って!そうやって冷静ぶって……」
わけもわからないまま、心の蛇口が緩む。
感情の洪水が、口から言葉となって溢れ出した。
嫌だ、言いたくない。こんなの。やめて。
「……誰も私なんか必要じゃない、分かる、そのくらい!でもいいじゃん、前向きに楽しいって考えようとしてるのに……なんで邪魔するの!」
「そんなのは前向きじゃない。傷つきつづけるのは誰でもない、お前だ」
カッとなって、私は柳を睨んだ。
――知ってた。……私を必要とする人なんかいなくなってしまったんだと。
小学校まではずっと、私はクラスの中心的な存在だった。
自分でもそれが誇らしくて、私の性格が変わらない限り、私は核でいられるんだろうな、と夢見ていた。
だけど違った。
変化した環境は、私を置き去りにした。
ずっと受動的に中心にいられた私は、能動的に中心になる術を知らなかった。
いてもいなくてもいいし、誰が私の代わりでもいい。
だから私はみんなを「大切」にできない。みんなも、私を「大切」にはできない。
私という存在は、なんなのか。私は、なんで存在してるのか。
もう何も、分からなかった。
――でも自分だけ、馬鹿みたいに傷ついているのが嫌で。
考える事も放棄して、ずっと見ないようにしていた。
……本当は、知ってたのに。
「……っ柳は!柳はいいよね!頭がよくて、顔もよくて、テニス部でもどこでも頼りにされてる!」
八つ当たりだった。
私は今、ありきたりな酷いことを言っている。
やめてよ。嫌われる。
そう思っても、口は私の、暗い部分を吐き出す。
――柳と友達になれて、私は本当に嬉しかった。
最初は、テニス部のすごい人で、容姿も優れていて、頭もよくて、そんな「人」と友達になれて――不純の混ざる、嬉しさだった。
けど、今は違う。
今は、よく分からないけど、柳じゃないと嫌だった。
「誰か」じゃなくて、「柳蓮二」がいいって。
私は、――嬉しかった。
「――私の気持ちだってホントは分からない!同情とか、そういうのやめ」
「お前は!」
肩を力強くつかまれ、私は芯の弱い言葉の先を失う。
柳が、私の瞳を覗き込む。
切れ長の瞳がこちらを捉えていて、それが何故だか、夢想じみていた。
「……ちゃんと必要とされている。絶対にだ」
脳を揺さぶる、柳の声。
しっかりとした、嘘偽りの見えない言葉。
「俺はお前を、を必要とする。
絶対に。ずっと。お前がいらないというまで。それ以上でも」
「……」
絶対、という言葉が、頭の中を反響する。
喉が、じくじくと痛み出す。
鼓動が、早い。
「だから安心して、しっかり周りを見ろ。ゆっくりと見渡せ。正しい前向きさを見つけるんだ。
必要とされる方法が分からないなら学べばいい、」
掌がより一層、けれど柔らかく握られる。
じんわりと伝わる熱が、頭を真っ白に染め上げる。
柳がいつものように、いつもの日常のように、ゆっくりと笑った。
「……俺も、わからないことだらけなんだ。これから、一緒にやっていこう」
――誰かに必要とされたいと思って。
でも誰にも相手にされなくて。
でも、本当に、柳なら。
……私を必要とするの?
「――っ」
噛み付くように、なにかを全て放出するように。
私は、柳の胸に顔を押し付け、泣き叫んだ。
安堵なのか、それとも心を見透かされた悔しさか。涙の意味は分からない。
けれどもなにか、私の中で澱んでいたものが、浄化された気がした。
柳は、じっと立ったままだった。
私は柳のシャツを掴み、泣き続けた。
今までずっと、無視してきた涙は、全て溢れた。