心に残る振動が、涙腺を僅かに爪弾く。
まだ少しだけ、涙は流れていた。





柳から貸してもらったハンカチで、ただひたすら目を押さえる。
……いや、さっき袖で拭ってたら注意されたから。





「……落ち着いたか?」
「……うん。ありがと」





喉から出る声が、思っていたよりくしゃくしゃしていた。
少し驚いて、喉が引き攣る。

椅子を取り出し、向かって座っている私と柳。

……少し、はずかしい。
子どもみたいに駄々をこねたり、馬鹿みたいに感傷的になったり。
隠せない、自分への慰めや同情。別に悪くはないけど、人に見せるとこんなに恥ずかしいものか。

……というか、あんな風に怒鳴ったり、感情を露出させるのは、久しぶりかもしれない。





「……」





何で私は、柳の言葉を素直に信じたのだろう。
信頼とか、気を許す、というよりも、そう……なにか、もっと突発的な。





柳が、ずっと閉じていた窓を、カーテンを、勝手に開けて。
そこから、凄まじい突風が吹いたような。





そんな衝撃だったから、私は頷いたのだろうか。





「……」
「どうした?」
「……や、なんでもねーっす」





どちらにせよ、柳は私を少しだけ変えた……と思う。
だって、少し清々しいし。

いずれにせよ、私はこれから柳の前ではあけっぴろげになるだろう。
恥ずかしいとこ、見られたし。





『これから、一緒にやっていこう』





「……」




私は柳に、どう返せばいいんだろう。
伝えたいことはたくさんあるはずなのに、中々言葉に変換されない。





えーっと、「柳、あの」
「ん?」
「あー……あー……えーと、その」
「?」





そ、そんなに見つめないで。





「……なんか、ありがと」





抽象的な言葉だったけど、とりあえずは感謝がしたかった。
柳は少し首を傾げ、考える仕草をする。





「……いや、別にいい。友人が困っているときに手を貸すのは当然だろう?」





少しだけ、苦笑の混ざった顔で返された。何で。
……というか、なんというおっとこまえな台詞。今度使いたい。誰かに。





「……んじゃあ私も今度柳が困ってたら助けるよ」
「ああ」
「……」
「……」





沈黙。ちくちくしてないけど、むずがゆい。
鼻を啜って、繋ぎとして誤魔化す。





「あのさ、私の、勝手なアレなんだけど、」アレって何さと内心自分で突っ込む。
「ああ」けどスルーしてくれた。あるいは気にしなかった。





口を両手で覆って、息を吐き出す。
それから、考えていた事を呟く。

泣いたら少し落ち着いて、自分の考えもまとまったのだ。





「……前までは、ずっとこのままなのかなって漠然と思ってた。

このままっていうのは、誰にも必要とされないで、自分がなんで生きてるかわかんないまま、高校生になって、大学へ行ってって、……そんな風にさ、自分の悩みとか無関係に、物事が進みそうな気がして、怖かった。置いてけぼりにされるのかなって」





だから私は、この砂塵の王国を守った。
ここではすべてが、ゆっくり流れるような気がして。
時の経過も、人の心も知ることのない、シャットアウトされた孤独の城。





でも、不安だった。
城は、いつ瓦解するか分からない。

私だけが前に進めないまま、後ろを見つめて、愛想笑いとごまかしを続けるのかって。
嫌だし、想像したくなかった。





――だけど。





「でも、今は違うよ。……なんていうか、怖いことも、つらいことも、いつかなんとか終わるって言うか……そんな気がする」





――王国の安寧を壊したのは、紛れもなく柳だった。
だけどそれは、いつかくる崩壊の日が、少し早めにやってきただけなのかもしれない。





今私は、自分と向き合えてるんじゃないだろうか。
自分の存在意義に対する問いの答えを、少し見出したんじゃないだろうか。





「……明けない夜はない、ということか」
「そう。そんな感じ。……それも、柳のお陰だから。




だから、……ありがとう」





柳の顔を直視できずに、私は視線を床に落とす。





足りない気がする。
何回言っても、何度思っても、どれだけ呟こうと。





ふ、と小さく笑う声がして、私は顔を上げる。





「な、何?」
「いや、……またお前は、泣きそうだ」
「だ、だって、柳が凄い良い人なんだよ……あー、泣く。やなぎのぜい」





おどけて、少しだけ私の口端から笑いが漏れる。
柳も、髪を揺らしてほのかに笑う。

ああ、もう。泣いたらいいのか、笑ったらいいのか、わかんないじゃん。





涙をぬぐって小さく笑っていたら、柳が悪戯っぽく笑いながら、人差し指を立てて提案をしてきた。





「どうだ。友情の証として、手始めにカーテンと窓を開いてみないか。外はいい天気だぞ」
「……それも、心機一転って感じで、いいかもね」










――カーテンを開けたら、教室に差し込む光が、思いのほか強かった事を知った。
前の私なら、きっとすぐに、「煩わしい」とカーテンを閉めたけど。





……だけど今なら、カーテンを開いたままでも、いいかもしれない。