三日経っても、柳はやってこなかった。
私は今日もあのほこりの城で、孤高を守って座り込んでいる。





「……」





ちょっと寂しい。理由は単純だ。柳と会って、話をしてないから。
久々に人と話したら、もっと話したくなった。

というかこの際、誰でもいい。会話させてほしい。





「……今日何回目だこれ」





袋小路な思考回路に、自己嫌悪に陥り、頭を掻き毟る。

じゃあ会いにいけよ、と自分でも思うけど、私はここがいい。
……、多分。

あっちから来てほしい、なんて淡い期待を抱く。





「……人に会いたいぃー……」





目の前にあった椅子の足を掴み、がくがくと揺さぶる。
がたがた、と音がして、ほこりが舞い上がる。相手(椅子)から何の反応もない。虚しい。舞い上がった埃でくしゃみした。
……もしかして、この汚さが駄目だったんだろうか。それなら私とは気が合わない。

「……ああ、もう」

足を叱咤し、椅子に縋って立ち上がる。
体が、いつもより重い。この教室を出たくないのだ。

とりあえず、まずは自分の教室へ行こう。ウォーミングアップ的な意味で。うん。





「……でも、」





早いとこ柳に会えたらいいな、って、ぼんやりとあの糸目を描いた。





   ***





「あれー、久しぶりじゃん?学校来てたん?」
「あーうん。来てた来てた」
「なら教室来てよ、寂しいじゃんか」
「……あはー」
「はいはい笑って誤魔化さないー」





教室にこっそり入ったら、丁度お昼の時間だったらしい。……不規則に寝てたし、あの教室は時計無いから、気が付かなかった。なんか廊下が騒がしいなと思ったら。

久しぶりに会った友達が、前と変わらない明るさで話し掛けてくる。元気そうだ。

教室の奥で机をくっつけている女子の集団も私に気付き、手を振ったり挨拶してくる。
私もそれに答えつつ、目の前の友人の言葉を拾う。





「今ご飯食べてるけど、来る?」
「、や、今日持ってきてないんだよね、ご飯」

思わず苦笑い。何故なら、昼食はスクールバッグと一緒にあの教室に置いてきたから。取りにいくのは面倒だ。
友人は眉を下げ、ころころと笑った。

「あー、そっか、残念。ていうか、この不良!ご飯食べなくてもいいくらい勉強してないでしょ!」
「あ、バレた?」

おいおいー、と軽く押される。





友人と話すたびに、接するたびに、ぐぐぐ、と喉に競り上がる何か。
同時に、気持ちがスポンジみたいにスカスカになっていく。水分が、足りなくなる。
その場に足をつけているのか分からないくらいに、意識がぼやける。

友人の顔が、笑った口だけを残して、認識できない錯覚に陥る。





「あ、じゃあちょっと呼んでるから、後でね!」
「うん」





グループへと戻っていった彼女に、私は軽く手を振る。
教室を出るときも、数人の男子に「あれ、どしたん?」とか声をかけられた。

その度、私はずっと、耳鳴りのようなものを感じていた。笑顔で隠していたけど、気分は、不快だった。
別に、皆が嫌いなわけじゃない。





それは、あの教室の光を、うとましく思うときと似ていた。





   ***





ただひたすらに下を向いて階段を上っていたら最上階に着き、ただひたすらに廊下を見つめて歩いていたら奥へと着けた。気がついたら、少し早足だった。





教室の扉の前にいる人物を見て、「……あれ」「ん?」驚愕。





そこには、手を軽くあげてひらひらとふる柳がいた。口元は、軽く緩んでいる事から、私に用があったんだろう。ていうかそれ以外でこんな所にわざわざ来ないか。





そして、柳を見た途端、不快感が嘘みたいに消えた。





不思議な感覚で、自分のことだけど驚いた。
初めて、じゃないけど。
優越感に似たような、違うような。

胸にひっかかりを覚えつつも、とりあえずそれは置いておく。最近疑問の放置が多い。柳だったらほっとかないだろうに。





嫌味も交え、柳に用件を尋ねる。

「どしたん柳。三日も来なかったのに」今日は金曜日ですよー。

私の嫌味に気が付いたのか、柳は「すまない。すっかり存在を忘れていた」と茶化す。いや、結構本気?……ちょっと寂しくなってきた。

柳の糸目を睨みつけ、ねっとりと脅すように喋る。

「おめー……このやろ、泣くぞ」泣かないけど。
「それは困る」あっさりと返事された。

勝手にちまちま憤っている自分が子どもすぎるので、苦笑でお茶を濁し、話を戻した。

「……それで用件はなんだい、柳くん」
「ん?ああ、そうだ。、昼食はまだか?」
「あ、うん」

思わず反射的に返事したけど……あれ、もしかして、一緒にご飯とか?嘘だー。
……でも、実はさっきから、視界に入っていた何かの包み。

それが、私の鼓動を早める。

柳が、その角張った包みを持ち上げる。





「一緒に食べようと思ってな。……その、ほこり塗れの教室は嫌だが」





最もだ。





   ***





「そういうさりげないけど特別な感じが女子にもてるんだね。顔との相乗効果で」
「そうだろうか」
「そうだろうかじゃなくてそうなんだろうふぇー」

後半は惣菜パンを頬張ったために腰砕けとなった。





理科室で窓を開けて、更にイケメンの男子と向かい合ってご飯を食べる。中々変わった光景じゃないだろうか。

私はパン、柳はお弁当だった。柳のお弁当箱は結構大きい。
柳のお弁当には美味しそうな筑前煮とか入っていたけど、一応男子なので気軽に「ちょうだい」といえなかった。時々そういうのをさらっとやっちゃう子がいるけど、私はちょっと無理。
だから筑前煮が柳の口に吸い込まれた瞬間、もうビンゴのリーチが外れたくらい落ち込んだ。顔には出さなかったけど。

一つ目のパンの、空になった袋を折り畳み、テープ状にして結ぶ。
それから、ずっと思っていたことを柳に聞いた。





「そういえば、何で誘ってくれたの?」
「……いや、なんとなく、だ」





なんとなく、で首を傾げる柳。その鉄壁めいた容姿が、首を傾げたくらいで無防備になる。
イケメンオーラに気圧され、その勢いでタマゴサンドを飲み込む。

そういう思わせぶりやめたほうがいいっすぜ、という言葉も一緒に飲み込んだ。ぜひとも、私の前ではそのイケメン面を晒していてほしい。

「そういうこそ、食べる相手はいないのか?」
「え、そんな寂しいヤツに見える?」
「いや」

本心らしく、すぐに返事してくる。好印象だ。
私はパンを咀嚼しながら、いい回答を考える。





「んー……いるよ、友達。多分、いっぱい」
「良い事だな」
「……そうかなあ」

柳に良い事だといわれた瞬間、あれって友達なの?と私は私自身に問いかけていた。
友達でしょ、と私はその問いを突っぱねた。

即答しないことに、柳は不思議そうな顔をする。

「……嫌なのか?」

それはない。絶対に無い。

「ううん、全然。皆いい人だしね」





言っていて、少し引っかかりを覚えた。
私は、クラスでよく話す子たちを、友達だと思っている。
けど、それは正解じゃない気もした。





「柳は友達いっぱいいるんだろうね。テニス部だし」
「……まぁ、人並みにはいるだろう」





柳がそう返事をし、会話が途切れた。
その返事に、私は少しだけ気にかかることがあった。

私は、理科室の黒い机に落ちたパンくずをあつめ、柳は箸やなんかをしまっている。

なんだかそれがしめやかなものに思えて、慌てて口を動かす。
だって、私が変な返事をしたから、こんな雰囲気になったのだ。もっと、元気よく肯定すればよかった。





「……明日さ」
「明日?」
「うん、明日。……明日もさ、良かったらご飯、一緒に食べない?や、ほら、テニス部の人とかいるだろうし無理ならいいんだけど」





誘いを拒否されたくは無いけど、わがままはいいたくなかった。だから言葉を並べ立てた。口が勝手に動いていた。





そんな私を、柳は不思議そうに見る。「……





自分の名前を呼ばれて、嫌な意味で、少しどきっとする。
何か、間違えたかな。
面倒臭いとか、思われたのか。





「あ、何?やっぱ駄目か、ごめん、じゃあ私教室行って食べるけど、」「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ、





言葉を遮られて、私は思わず言葉の先を飲み込む。
まるで映画みたいなセリフを、柳が真剣に言うものだから、こちらも緊張する。あれ、何の話してたんだっけ?





柳が、神妙に口を開いた。










「……明日は、土曜日だ」
「……………………」
も、休日まで学校に来るのか?」
「……………………」
「来週からなら、空いている、というか空けておくが」
「……………………」

「……?」「……ごめん今羞恥心と戦ってるのそっとしておいてそしてありがとう」





恥かいた。