理科準備室にあったクラス全員分のプリントを持ち、教室へ向かう途中だった。





理科室のすぐ隣にある、使われていない教室から物音がした。微かだったが、確かにした。
好奇心をそそられ、鍵が開いているか閉まっているかも確認せずに扉を開けたところ、





「……」「……」足に何かがのしかかった。





見下ろせば、靴に後ろ手をつき、倒れるのを防いでいる女子。この体勢からして、扉にもたれかかっていたものと思われる。
それを俺が勢いよく開けたので、均衡が崩れたのだろう。

蛍光色の白が目立つ制服から伸びる腕は、爬虫類の腹のような生々しい白だった。

彼女は俺を見上げ、それからごめんなさい、と手を退けた。この様子だと、内心焦っている率95%。

それにしても、髪の毛に大分埃がついている。転んだのだろうか。





女子の顔を脳内にあるデータノートで探しつつ、適当な質問を繰り出す。「サボりか?」ああ、そうだ。確か、という名前だったか。クラスは違うが、一応網羅していた。





はへらへらと笑いながら、俺の質問に肯定する。その笑みはやるせなく、どこか明るさが抜けていた。

教室を見渡すと、自分のいる教室よりも、少し灰色がかっているような気がした。





こんな教室では、気も滅入るばかりではないだろうか。





そう思いつつ、断りを入れずに教室に侵入する。
カーテンは閉じられ、少々薄暗い。電気も点いていなかった。

カーテンの少しだけ開いている部分から光が差し込み、埃を映し出す。映画館の映写機を思い出した。





窓を開けてもいいだろうか、と思いつつ、に振り返る。「……何?あ、君もサボりにきたの?」「いや、そうではない」何故か仲間にされかけた。





「ここは、」埃が多い。窓を開けたほうがいいだろう、と続けようとして、噎せた。埃を吸い込んだらしかった。





喉と肺に引っかかるような異物を咳で掃きだしてから、「……ここは空気が良くない」と、まずそれだけを伝えた。
先ほどの視線の意図に気付いたのか、彼女は合点がいった顔をする。「ああ、なるほど」





「窓を開けたらどうだ?」
「ヤだ」





が即答したので、思わず面食らう。
こんな埃だらけの教室で、最低でも一時間は過ごすというのだろうか。自分だったら耐えられないな。

「……そうか」

勿論にも、教師に見つかりたくないとか、日が差し込むのが嫌だとか、その所為で教室が暑くなるのが嫌だという彼女なりの理由はあるのだろう……が、それにしてもこの教室はひどい。学校中の埃をかき集めたようだ。

は口をつぐみ、ぼうっと椅子の足を眺めていた。だがふと、彼女はこちらをじっと探るように見つめてきた。

それから額を押さえて、こちらに人差し指を向けてきた。……人を指さすのはよくないと思うが。





「……アンタさ、名前なんだっけ」
「ん?柳蓮二だ」





そういうと、少し気の抜けた顔に、輪郭が戻る。名前と顔が一致したのだろう。





「……あー……そうだそうだ、思い出した、テニス部だ」
「そういうお前はか」

さらりと自分の把握しているデータを晒すと、は唖然とした顔でこちらを見てきた。

「……なにゆえしってんの」
「ふ、データ収集が趣味だからな」





は、驚愕という感情を引き摺ったまま、「……なんかすごいね、って褒めとく」と当り障りなく称賛してきた。
俺も揃えて、当り障りなく受けとった。

するとどうだろう、彼女は顔を柔らかく緩ませ、口角をなだらかに引き上げた。返事を気に入ってもらえたようだった。





それはどうもが似合わない、といわれ、俺も少し笑う。確かにそうかもしれないな。





「それじゃ」
「ああ、じゃあな」





手を振り、教室を出る。





――まるで夢のように、現実味のわかない、との初邂逅。





そんな彼女の存在をもう一度思い出すのは、週の終わりになってからだった。