「もうすぐ文化祭だな」
「……そうだったっけ」





箸で摘んだじゃがいもが、するりと抜ける。
今日はお母さんが、家を出る前にお弁当を作ってくれていた。






柳は相変わらず、ランダムに私の元へ来る。一週間会わない、ってことはないけど、二日おきだったり、週の初めだけだったり、バラバラで規則性がない。本気で思い出したときに来ているのかも、と思って拗ねたくなった。
まぁ私も私で、柳が訪ねてきた日に限って、学校に来ていなかったりするから、お相子と言えばそれまでだ。





柳と若干お揃いの和食(+冷凍食品のパスタ等)を口に運びながら、次はどれを食べようかと無意識に弁当内を見回す。

「文化祭と体育祭がある。後輩も騒いでいた」

後輩、という単語に耳だけで反応する。

「……」

いい響きだ。私もほしいな、後輩。
白米を咀嚼し、理想の後輩像と、ついでに先輩像を描く。後輩なら女の子、先輩なら男の人がいい。

「ふうん。後輩ねえ……私も後輩ほしー。あと、先輩も。先輩は今年でラストだしね」
は、部活動はやらないのか?」
「めんどいもん」黒豆を摘み、口内で軽く分解。「そもそも授業出てない人って入れるの?」「……どうだろう」

入れないだろ、の意味を込めて、小さく喉で笑った。





それからも、柳の話に相槌を打ちつつ、食事をした。
柳は話題豊富で、聞いてるだけでも結構満足できる。というより、近頃、柳と昼食を食べるようになってから、頭がよくなった気がする。気がするだけだけど。





「……」





にしても、文化祭、ねえ。

去年までだったら、多少わくわくする響きだったと思う。というより、どんなイベントにだって期待できたんだろう。

だけど今はどうだろう。

どっちかって言うと、避けたいような気がする。楽しいはずのことなのにな。
重苦しい疑問が、頭を占拠するなか、柳が話し掛けてきた。





は、打ち合わせには出るか?……ああでも、たった今まで、文化祭のことを知らなかったんだったな」
「勝手に自己完結しないでー。……で、いつ?一応聞いときたいな」
と俺はクラスが違うが、明日の六限目は、どのクラスも打ち合わせの予定だ」
「あ、そうなの」





弁当箱を包みながら、ぼんやりと自分のクラスの喧騒を再生する。
なんとなく面倒だと思ったけど、打ち合わせくらいには参加しておこうと思った。





   ***





、ちょ、待て!」
「……はい?」





柳と昼食を取った後、なんとなく目的が達成された気がして早退しようとしたら、校門付近で呼び止められた。





振り向けば、自分のクラスの担任が、顔にいっぱい汗をかいて荒々しく息をしていた。
どうやら、校舎から追いかけてきた模様。





ちなみに担任は、中肉中背で、「優しいが気の弱い人」を体現したみたいなおじさんである。美術担当。





「せんせー、大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だぞ」全然大丈夫そうじゃないが本人が大丈夫だというのでそういうことにした。笑ってるし。





用件は何かな、早く帰ってごろごろしてたいな、という欲求を押さえつつ、地面にゆらゆらと立つ。
左右に重点を移動させながら、担任が息を整えるのを待つ。





「あー……疲れた。あ、そうだ、。明日六時間目に文化祭の話し合いがあるんだ。良かったら来なさい」

担任が、朗らかに笑う。
しかし私は、その情報を既に把握していた。思わず呆れ顔になってしまう。

「……先生、それ柳から聞いた」
「えっ?」





小さな目を出来る限りに拡大し、担任は分かりやすく驚いていた。
それからへなへなと、その頼りなさげな肩を落とす。面倒な人だな、と少しだけ思った。嫌いじゃないけど。





「なんだあ……聞いてたのかあ。じゃあ言わなくてよかったんだ」
「お疲れ様です」適当に労ってみる。
「……はは、じゃあこれ宿題だけ。よければやってみて」

そう言って担任は、手にもっているプリントの束を差し出した。数学も英語もごっちゃ混ぜで、右端がホチキスで留められていた。担任お手製らしい。

多分やらないなあと思いつつも受け取り、どうもと言っておく。
私、そんなに良い子に見えるかな。ほとんど不登校なのに?もしかして熱く語れば人は変わるとでも思ってるのかな。

担任は苦笑いしながら(もしや私の胸中がバレたか)、そういえば、と話を続けた。





は、テニス部の柳くんと友達なの?」
「……はあ、まあ」なんで柳だけ”くん”づけなのか。優等生だからか。”あの”テニス部だからか。
「そっかそっか」
「……」




何が「そっか」なんだ。

私の、ぼんやりとした返事にも、担任はにこにこと笑う。なんかそれが余裕があるみたいで、少しやさぐれた気持ちになった。
時々、何がそんなに嬉しいのかなあと純粋に思ったりもする。嫌味とかではなくて、純粋に。





そしてその後、担任にさようならをして、私は家へと帰ったのだった。
……担任として、私を引き止めなくていいのか。