部活が終わって鍵を返却し、帰ろうとしていたときだった。





「あっ、柳くん、柳くん!」
「?……ああ、石田先生、何か御用でしょうか」

廊下で呼び止められたので振り向くと、そこには美術担当の石田先生がいた。
優しげな顔で、「今時間大丈夫?」と聞いてくる。律儀というか、人をよく気遣う性質だ。

まぁその所為か、一部の生徒には煙たがられているが。
優柔不断なところも、あまりいい評判にはなっていない。

データを脳内展開していると、石田先生が顔を覗き込んできた。そういえば時間の都合を聞かれていたかと思い出し、「大丈夫です」と答える。この後は特に予定もなく、帰宅するだけだ。多少話に時間を割いても構わないだろう。





「柳くんってさ、、分かる?俺のクラスの子なんだけど」
「ああ、はい。最近よく昼食を一緒に」
「あ、やっぱり。ありがとね、本当に」
「……」





感謝される意味がよく分からず、疑問符が浮上する。
もしかしてを更生させているとでも思っているのだろうか。いや、それは無いか?

するとこちらの気持ちを汲み取ったのか、石田先生はだらしなく苦笑しながら、頭を掻いた。





「いや、あの子なかなかクラスに入れないみたいで。寂しいかなーって」
「しかし、本人は友達がたくさんいると言っていましたが」





確かにそう言っていたはずだ。事実、クラスメートとは円満というデータがある。

ただ、そこで気になったのは、初めて昼食を一緒に食べたときの事だった。
あの時友達がたくさんいるんだなと言ったら、は何かを考えていた。

何を?





石田先生はしばらく唸って、自分の考えをひねり出した。

「うん、いると思う。ただね、時々置いてけぼりになっちゃってるんだ。集団に属してるけど、一人だけ浮いてるっていうか、取り残されてるっていうか。別に変な趣味があるわけでもないのに。……ああ、もちろん、皆に悪意なんて無いけど」
「……そう、なんですか?」

思わず聞き返していた。

驚くことが二つあった。
石田先生が、そこまで生徒のことを見ていたということ。
それから、自分の持っているに関してのデータが、とても浅瀬に属するものだということ。

「本人に言うと怒るかもしれないから言っちゃ駄目だよ」





小さく笑いながら、石田先生は掌をひらひらと振った。「なんでそれを、俺に?」





「ん?」
「下手をすれば本人の耳に入って、同情されたと思われかねない。そうしたら、は惨めではないですか。それに、俺が言わない保証なんて、ありません」

俺は確かに、の交友関係について疎かったかもしれない。

だがこの数週間で、は小さなことでも気にする傾向があることを知った。表面上に出さなくても、仕草や口調でなんとなく把握できる。
そしては、人の感情に細かに気がつく。何かが変化すれば、それに本能的に気付く。





石田先生は緩慢に首を振った。

「いや、正直の友達が柳くんだって聞いて、じゃあいいかって思ったんだ。君の人柄は、職員室でもよく話題になるしね」
「……」
「俺がそういうこと言うとね、多分アイツは柳くんの言う通り、惨めな気持ちになるんじゃないかな。俺は結構お節介だし……。でも柳くんはちゃんとそういうことを考えて発言してくれるじゃない」
「はぁ、」
「それに何より、が友達だって言ってたから。アイツきっと内心喜んでるよ。気付いてないかもしれないけど」
「……」





俺はそれに押し黙り、様々なことを考える。
迂回し、旋回し、回帰し、





「……先生、俺は、」





本当は、










帰路につきながら、のことを考える。
は一体、何を考えているのだろうか。

あの様子だと、自分が集団から孤立していることに気付いていないか……あるいは隠しているか。
鈍くは無いから、もう気付いているかもしれない。





どうすれば、の悩みを取り除けるのだろうか。