結局、きっちり二時間経って学校に来た自分はなんだか情けないと思った。
不良にもなりきれないのか、私。





――時間が流れるのが遅い。そう思いながら、床に付着した埃を指でなぞる。小さな道ができ、人さし指の指紋は埃に埋もれる。スカートもこんな風になっているのなら、お母さんがクリーニングに出せって煩いかも。
あー、やだやだ。





「……ふう」





小さくだけど、揺れる心臓を押さえ、目を伏せる。
大丈夫大丈夫って、何に緊張しているのやら。別に緊張する事なんてない、と思うけど。

唇をかみ締め、全身の力を抜こうと努力する。





「……柳来ないかな」





そう呟き、横に置いてある鞄とお弁当を見遣る。今じゃもう、お弁当を見ると柳しか思い出せない。あと理科室。

「柳……こないかな」

柳、という名前の響きは、雲の隙間から射す日の光に似ている。直射日光ではない、穏やかで、救世主みたいな言葉。私を、攻撃しない。
もちろんそれが、「柳蓮二」でなければ、意味はないけど。

私にとって柳は、精神安定剤みたいな所があるんだな、と思った。きっと、柳が落ち着いてて大人っぽいから。
それに、柳と話してるときは楽しくて、……何も考えなくていい。

だから今ここにいてくれたら、私はきっと緊張しなくて済む。





――しかし結局、そんな懇願は叶わなかった。





   ***





「……」





居心地の悪さを感じながら、空気を何度も嚥下する。
この休み時間が終わったら、六時間目が始まって、文化祭の話し合いになる。

さっきお弁当を詰め込んだけど、胃の中で固まったままな気がする。
目線が、ゆらゆらと忙しなく揺れる。扉を開けようとする手は、宙を彷徨う。

自分の教室の前まで来て、何を戸惑ってるんだろう。

だけど、どんなに自分を叱咤しても、実行に移ってくれない。
たった、二、三秒の事なのに。





その時、扉が勢いよく開いた。





「!」驚いて、指先から心臓へ電流が走ったようにびりびりする。





「ちょっと部活のこと後輩に言ってくるー!……って、あれ?





「あ、」





教室を振り返る形だったクラスメイトが、こちらに目線を移した。結わえた髪がプロペラみたいに弧を描いて、勝気な瞳が私を捕える。

一瞬身構えかけたが、その瞳が、線に変わって笑みを作ると、私はすぐに我に返った。
ただ、心臓の音は煩い。





「どしたん?入りなよー。文化祭の話合いに来たんでしょ?」
「………………うん、そう、そうなんだ」





自然と、肩の力が抜ける。緊張がとけて、少し泣きそうだった。
へへ、と笑って返すと、「文化祭楽しみだね」とその子も笑い返す。





凍りついた心臓が、ゆっくり融解する。血が、巡り出す。





「私ちょっと部活の用があるからしばらくいないけど、入ってなよ」
「りょーかい!」

そう言うと、その子は軽く手を振って階段を下りていく。私も、軽く手を振り返す。





……なんだ、普通じゃん。
緊張する必要なんて、ほんとに無かった。





アホらしっ、と数分前までの自分を一蹴して、教室へ踏み込む。





そこには、小学校の頃から大好きだった「クラス」という雰囲気が満ちていた。