冷たい頬が溶けるとき
「つーわけで、今日は頼むぜ!」といいながら、スピードワゴンがの両肩を景気よくたたいたので、の身体は変な揺れ方をした。
は目を白黒させながら、目の前に立っている3人の高校生を見た。
3人は、スピードワゴンからすればまだまだ子供でも、10歳のにとってはたいへんな大人だった。
「きゃー! かわいい! スージーQよ、よろしくねェん」
まず紅一点のスージーQが、しゃがんで目線を合わせながら挨拶した。そして次々に言葉を投げかけてくるので、はジェットコースターにでも乗っているかのように慌てていた。
後ろにいたシーザーが、スピードワゴンと話し込んでいる。
「悪いな、急に仕事が入ったもんでよ。まあオレが行くより、若いヤツが選んだほうがセンスはいいだろ」
「いえそんな。でも任せてください」
「でも大丈夫かよ? こんないきなり大人と会わせられて、不安じゃねーのこの子」
ジョセフが顔をしかめて至極まっとうな意見をした。シーザーとスピードワゴンがウッと詰まるが、シーザーは取り繕うようにジョセフを鼻で笑った。
「心配しないでくださいスピードワゴンさん。ジョジョは精神年齢が低いから、きっとうまくやりますよ」
「にゃにぃ〜っ」
「ほんっとーにかわいい! 赤が似合いそう!」
ばらばらな3人の様子を見て、単発高額アルバイトと称してシッターを頼んだスピードワゴンも、さすがに少しだけ不安になった。
それでも、3人はなかなかと打ち解けるのがうまかった。
スージーQはどんなにが口下手でも楽しそうに話をしたし、シーザーは下に弟妹がいることもいて、いろいろなことによく気が付いた。ジョセフも持ち前のひょうきんさでおもしろいことをして笑わせようとしてくるので、結果的にシーザーが言ったような感じになった。
そうやって電車で移動し、大型ショッピングモールに付く頃には、の表情は普段学校では見られないほど柔らかくなり、初めての場所に対する高揚感で溢れていた。
「バンビーナ、迷子になったら危ないぜ。手をつないでおこう」
3人の中で最も骨抜きになっているのは、なんといってもシーザーだった。ジョセフに言わせればクサい台詞で、の小さな手を握る。も小さく「分かった」とうなづいた。
モール内は広くて綺麗で、は少しだけどきどきした。
「服よね。ええと、子供服は…」
「どこ見てんだよ、ここだよここ」
「うっさいわねえ」
ジョセフとスージーQが小突きあいながら案内板を見る。子供服は2階にあるらしかった。
2階にある子供服店へエスカレーターを上って向かい、店内に入る。
ジョセフが顎に手を当てながら、関心したように飾られている服を見た。
「最近の服ってよくできてんだなァ〜」
「本当! あっ、これいい! ねえ、これ着てみて!」
「えっ?」
「ちょっと待てよ、まだもうちょい見ようぜ。はどういうのがいいんだ?」
「えっと…」
はしゃいでいるスージーQをうまくなだめながらジョセフが言う。
は一通り店内をきょろきょろしながら見て回った。それから、少しボーイッシュな服をいくつか指差した。
「今着てるのと大分イメージが違う〜」
「これはこれで、元気な感じでいいんじゃないか」
スージーQとシーザーがそういうと、は少しもごもごしながら、着ているワンピースの裾を握り締めて、「これは…スピードワゴンが買ってくれた」と言った。照れているようだが、どこか誇らしげでもあった。スージーQが微笑んだ。
の着ているワンピースはいかにもよそいきといった、クラシカルで女の子らしいものだった。ところどころ凝っているし、もしかしたら高いブランド物かもしれないなとシーザーは思った。
そこでふと、は、仕事で来れなくなったスピードワゴンのことを思い出して、それまでの気持ちが風船のようにしぼみそうになった。
しかしそこでジョセフが「わかるぜ。オレもおばあちゃんに買ってもらった服はそりゃあ大事にしてたからな…汚したヤツはギッタギタにしたぜ」と物騒なことを言った。
おいバカ! とシーザーが言いかけたが、は後半の言葉はあまり耳に入らなかったらしい。
思わぬ賛同者に、は「ジョセフも?」とぱちぱちと瞬きした。
「でもこういう服が好きなんだな」
「…うん、私、運動好きだから。休み時間もいっぱい遊ぶし」
「オレドロケーうまいぜ。なんせ策を練るのが得意だからな」
「私ドッジボールが好き」
ジョセフとの会話のやりとりを、シーザーは半目になりながら見つめた。そして、やっぱり精神年齢が一緒じゃないか、と思った。
会話がまとまったのか、「じゃあスピードワゴンが喜びそうなのと、が買いたいの買おうぜ」とジョセフが提案した。
スピードワゴンが好きなは、目をきらきらさせて何度もうなづいた。
スージーQが元気よく挙手する。
「はいはいはーい! 私スピードワゴンさんに見せる用選ぶ! まずこれね!」
まだ諦めてなかったのか、とシーザーは少し呆れたが、ふっと笑ってに「着てやってくれ」と言った。
「うーん、スージーQ。そっちものかわいらしさが映えてていいが、スピードワゴンさんの趣味はもう少し大人しい感じじゃないか?」
「そうかなあ。これも新鮮でいいと思うけどなあ。野いちごみたいでカワイイわ」
「確かになァ」
2人に真剣に褒められて、は顔が真っ赤になった。
普段スピードワゴンと買い物をしても、確かに褒めてくれるが、この2人ほどまじまじと品評してはこない。
というより、スピードワゴンは、が何を着ても同じように褒めるところがある。
シーザーは持ち前のセンスで服を見ているのに、スージーQが口を突っ込むので完璧に思考がそちらにズレてしまっていた。
ジョセフはというと、2人から「センスがない」という駄目だしをくらったために、今はいじけてアウトドアウェアを見に行った。
落ち込むジョセフに、は「いつも着るほうの服はジョセフと選ぶ」と言って励ましたが、気持ちが戻ったかは定かではない。
まだかな、とが居心地悪そうにしていると、2人の間で協議が終わったらしい。
「じゃあさっきのの色違いにしましょ。そしたら大人しめでいいと思うの」
「決まりだな」
はほっとしてフィッティングルームに再び引っ込んだ。
恥ずかしかったが、こうして褒められながら服を買うというのも、なんだか特別な感じがして楽しかった。それに、普段着たいと思っている服とは違ってはいたが、確かに2人の選んでくれた服はかわいらしくて、絵本の中に出てくるおしゃれな女の子みたいだった。
が元の服に着替えると、ジョセフが戻ってきていた。今度はスージーQが自分の服を見に行き、ジョセフがの服を選んだ。そのときもシーザーは一緒にいた。結局シーザーは、自分の服や買いたいものを一度も見ることはなかった。
「これ着たい」
「こっちは?」
自分の趣味に合う服をジョセフとああでもない、こうでもないと話すのはおもしろかった。
結局ジョセフが「このクマがかわいい」とクマの刺繍のされたズボンを執拗に薦めてきたので、それを買うことにした。
支払いはスピードワゴンから託されたカードで行った。シーザーはそんなカード恐ろしくて持ち歩きたくないと言って、仮にもお坊ちゃんであるジョセフに全て押し付けていた。
「いろいろ振り回して疲れただろ。ランチにしよう」
スージーQと手を繋いでいるにシーザーが笑いかける。その手には、先ほど買った服の入ったピンク色の袋がある。が自分の服だから自分で持つといったのだが、シーザーが「今日は君には一日お姫様でいてほしいんだ」と言って断っていた。ジョセフは静かに「そんなサービスしても特別ボーナスとかでないんですけどォ」と悪態をついたので、またシーザーとちょっとした言い合いになった。
スージーQが少し手を引いて「何が食べたい?」と聞く。「何でもいい」とが言うと、「何が好き?」と聞かれたので、は少し考えて「…シチュー」と言った。
ジョセフが「シチューなんかあるかよ!」とバカにしたように笑うので、は少し赤くなってジョセフの背中を軽くたたいた。
「ジョセフったらバカねェ。シチューが好きなの? 私も好き! 得意料理なの。じゃあ洋食のレストランにしましょ」
結局は薦められるがまま、大きな鉄板にのった大きなハンバーグをお昼ご飯として食べた。
は、もうあとにも先にもこんなご馳走は食べられないんじゃないか、と思いながらハンバーグをほおばった。
ジョセフたちもスピードワゴンからカードを借りているのにかこつけて、少し高めのランチを食べた。
結局その後はおなかいっぱいになったのもあって、玩具コーナーとアクセサリーのコーナーを少しだけ見て回り、シーザーにヘアゴムをプレゼントされるというサプライズも受けて、は帰りの電車に乗った。
一日嵐のごとく巻き込まれただったが、それでも電車に揺られながら、幸せな気持ちですやすやと眠っていた。
その後しばらく、結果的に約束をすっぽかしてしまったスピードワゴンがにすねられるはめになり、機嫌をとるのに一苦労することとなった。