「柿本ーっ」
「……」





コンクリートの坂の上から、小さく手を振っているのは同級生の……女(名前忘れた)。
止めた足をもう一度進めようとしたら、彼女はこちらへ走ってきた。

スピードをつけすぎていたようで、
少し行き過ぎてから、こちらに戻ってきた。

顔を上げて、無垢に笑う。





「一緒に帰ろう!」
「……」





人畜無害、という言葉が似合うと思った。





・・・・・





彼女、を例える。

犬より煩くない。手間がかからない。
けど、骸様より大人でもない。

普通で、平凡平素。

……けど、なぜか。





・・・・・





そこで思考が途切れて、





「柿本、一緒に帰ろう!」





……の声が坂の上から滑ってくる。
それから本体が、横にくっ付く。





いつもと、同じ。





ぺらぺらと独り言を(こちらが返事をしないということ)楽しそうに喋っては、
時折同意を求めてくる。

時々思い出したように背筋を伸ばして、
時々思い出したように驚いた顔をして、





時々思い出したように笑いかけてくる。





「……飽きないの」





そう、問い掛けてみた。
は意味を噛み砕いて理解するだろうか。

彼女は顔を上げて、呆けている。

「へ? 一緒にいて飽きないのってこと?」

小さく頷いて肯定。

彼女は笑って髪を耳にかけた。
坂の上から、小さく風。





「飽きない」





たった一言。

普通で、平凡で、平素。悪く言えば、地味。





けれども、その一言が、十分だったように思う。





・・・・・





久しぶりにあの坂道を降りた。

脱獄をして、それから。





ガードレールに手を滑らせれば、手は少しだけ白くなった。
ふわり、と風が吹いて、ふと、を思い出す。





目を細めて、消えそうになるを浮かべつづける。





華やかさがない。けど、白い笑み。
完璧に、綺麗じゃない。けど、柔らかな笑み。





「……かき、もと!」
『柿本ーっ』





少し肩を跳ねらせて、来た道を振り返ると、
坂の上に





がいた。





あの時とは違って、制服を着ていない。
髪も……少し、長くなった?(遠目だからわからない)

何かを確信したようなの肩から、力が抜けていくのが分かる。
弛緩させた手が、拳になる。

彼女の後ろから風が一層強く吹いて、彼女の背中を押す。





彼女はこちらに向かって、転げるように駆けてきた。





勢いが止まらずに、彼女を抱きとめる。





彼女は顔を上げて「柿本、」、名前を呼んだ。





「……何」
「……」

彼女は俯いて、まごつく。
それから、ゆっくりと笑って、





「久しぶり、だね」





存在を、再確認した。





……何を、言えば。
……あ、

「……髪、長くなった」
「うん。切らないでいた。願掛け」





まだ、は腕の中。
彼女はゆっくり笑って、何でだと思う、と問いかけた。





「……さぁ」





は笑って、髪の毛を一房持ち上げる。
吹いた風が、彼女の髪を舞い上がらせる。





「柿本に、会いたくて、…………柿本?」





彼女を抱き締めた。
髪に、指を通した。
の、無言の戸惑い。





『飽きない』





そういわれたときと同じ。
この、気持ちは。





「……ただいま」
「……?」
……ただいま」





背中を曲げて、直立している彼女の肩に顎を乗せる。
……彼女が、少しずつ笑いはじめているのが、振動で分かった。





「……おかえり、柿本」





の、声が、言葉が、全てが。必要なんだと気がついた。










09.03.09