「せーんせっ」
「……んあ?」
ずり落ちた眼鏡から覗く、とろんとした目。
それが夕焼けに照らされて、蜂蜜のようだ、とは思った。
○
「はれ……? 何で、お前いんの……?」
少し目が覚めてきたのか、しきりに涎を拭いつつ、目の前のに問い掛ける銀八。
は口に手をあてて、くすくすと笑う。
「忘れ物を取りに来たのです。そしたら、教卓に先生が突っ伏してるから……吃驚しちゃった」
寝てただけなのですね、とは続ける。
銀八は目を細めながら、「まーな」と呟いた。それから、ずり落ちた眼鏡を直す。
は腰を屈め、銀八と目線をあわす。
「テスト作り、大変ですか?」
そう、今はテスト週間。
は、銀八がテスト作りにてこずっていることを知っていた。
「おー。まさか任されるとは思わないものなー」
「そうですね」
「おまっ、ちょ、どういう意味? ヒドくない?」
ひとしきりツッコんだ後、銀八ははぁ、と溜息を付く。
「……、早く帰れよ。外もこんなだし」
そう言って外に目をやる銀八。「テスト勉強も、しなきゃ駄目だろ?」
全体的にオレンジがかったグラウンドは、セピア色になってしまった写真を連想させる。
は苦笑すると、
「……ありがとうございます」
頭を下げた。
銀八はひらひらと手を振る。
「いいって事よ」
「あっ、そうだ先生」
がぱん、と手を叩いて、スカートのポケットを探る。
出てきたのは、二本のチュッパチャプス。
は小さく微笑むと、それを銀八の前に差し出した。
「お礼です。マンダリンオレンジとストロベリー、どっちがいいですか?」
銀八が、少しだけ眉根を寄せる。
「……おめー、こんなんガッコーに持ってきていいと思ってんのかよ」
「先生も時々舐めていらっしゃるくせに。それにこれは、昼食の時に神楽ちゃんに貰ったのです」
は言い切ると、にっこりと笑って「どっちにします?」もう一度問いかけた。
銀八は思案する。
「……どっちもちょうだい」
「いいえ、駄目です。先生が糖尿病予備軍なのは周知の事実ですよ。どっちか、選んでくださいな」
銀八は目を伏せると、人さし指を二本のチュパチャプスに巡らせる。
「……」
「……」
何回目かに、銀八はオレンジ色をした丸い頭を突付いた。
「こっち」
は尋ねる。
「何で決めてらしたんですか?」
目線はチュッパチャプスに釘付けのまま、銀八は答える。
「途中まで神様にゆだねてたけどメンドくさくなった」
「では、マンダリンオレンジですね」
はいどうぞ、とチュッパチャプスを差し出す。
「ん」と返事しながら、銀八はそれを受け取った。
「……そっちのイチゴはどうすんの?」
「ストロベリーですか? 私のです」
ふふ、と笑って顔の横でひらひらとチュッパチャプスを振る。
銀八は「ふぅん」と気の抜けた返事をすると、包装紙を剥がす。
くるくると回してから、目の前で微笑むに声を掛けた。
少し、笑みを交えながら。
「ま、どっちにしたってありがとな、気をつけて帰れ」
「先生も、程ほどに、無理なさらないで」
はにっこりと笑うと、教室の扉へと向かう。
そして扉に手を掛けたまま、停止した。
チュッパチャプスを口に含み、味を堪能していた銀八は不思議そうにその背中を見遣る。
そして、口からチュッパチャプスを引き抜いた。
「……? ?」
「……」
はくるり、と半回転すると、銀八に向かって笑った。
「?」
――かすかに、頬を染めながらは口を開いた。
「先生、お揃い、ですね」
「!」
ひらひらとピンクのチュッパチャプスを振る。
それから「さようなら」と挨拶をして扉から出て行った。
「……」
残された銀八は、ぽかんとした後、外に目をやる。
それから、教卓に突っ伏した。
陽にチュッパチャプスを当ててくるくると回す。
「……銀さん柄にもなく照れちゃった」
そう、呟いて。
チュッパチャプスのあの娘
(……マンダリンオレンジ、ねぇ)
09.03.18