「……」
「……」
むぐむぐ、かちゃかちゃ、ごきゅごきゅ。
音だけが支配する世界。
僕と彼女は、向き合っていた。
……互いに、無言で。
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さかのぼる事、一五分くらい前。
一仕事を終えて、出口に向かって。
『やー……、たっだいまーん』
『は……?』
……炭鉱から出たら、幼馴染がいた。
状況から簡潔に文を抽出したが、正確に言うと、こうだ。
炭鉱から出たら、「五年ぶりに会う」幼馴染、がいた。
……呆ける僕を前に、彼女はへらへらと笑っていた。
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その昔、両親の反対を押し切って旅と言う名の家出(本人いわく放浪旅)をした。
僕に内緒で、どこかへ行ってしまった。
は僕の幼馴染だ。というか、腐れ縁……かな?
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……そして今日、五年ぶりに帰ってきた。
今は目の前に大量の料理を並べ、それをするすると食べている。
料理の山を、マジックのように鮮やかな手つきで口に収めていく。
正直に言わせてもらうと……太らないのかい、それ。
今度はオムライスにがっついて……あ、水飲んだ。
コップの縁に、ケチャップの色をした唇の跡がつく。
彼女は頬を高潮させて、背もたれに体を預けた。
……少し満足したようだ。もっとも、まだ食べる余裕はありそうだけど。
「……」
「……」
見詰め合うこと数秒。
「……えー……ただいま、ヒョウタ」
「……うん。おかえり、」
温い視線の交差に、彼女が折れて口を開いた。
……実は炭鉱から一言も喋らずに帰ってきた僕ら。
あ、一言も喋ってないけど、のお腹の音だけはしっかりと鳴ったよ。あれはすごかった。
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が折れたので、僕も話を切り出してみる。
少しだけ、口調に怒りを編みこみながら。
「……どこにいたんだい」
……けど、別にそこまで怒っちゃいない。
どっちかっていうと、が帰ってきてくれて、嬉しい。
これは、戒め、とでも言おうか。親が子供を叱る感覚に近いかな。
は卵の切れ端を口に運んで思案し、答える。
「……色々?みたいな」
僕は溜息をついた。
「心配してたんだよ」
「そりゃどーも。……でも一応元気だったしい」
「元気ならいいってわけじゃないよ……」
「……そうやってヒョウタがゆーからこっそり旅に出たの!」
もうっ、と言いながらふんぞりかえる。
唇がケチャップで少しオレンジだ。ティッシュを渡そうかな、と思ったけどやめた。
八つ当たりで殴られそうだったし(昔はよくポカポカされてたものだ)。
「……」
「……」
沈黙。
は少し眉根を寄せながら、半分まで減っていた(食べるの早いね)オムライスに手を付けた。
またしても、咀嚼音と、食器が触れる音だけの空間が出来上がる。
そんな雰囲気にじれったくなったのか、はテーブルの下で足を蹴ってきた。
僕は少しだけむっとして、のすねを蹴り返す。
「……」
「……」
お互い無言だが、テーブルの下は攻防の真っ最中。
なんか、食べるのを停止してまで足を蹴ってきた。
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僕が何回目かに蹴り返したあと、からの反撃が消えた。
は僕をじい、と睨む。
僕は少しだけ怯んだ。来るか、と意味もなく構える。
「あのね」
「……」
「……返事っ!」
「はいいいっ!」
くう。の背後になんかの教官が見える。つい、丁寧な言葉で返事してしまった。
そう思いながらも、の言葉を待つ。
「……あのね。私は悪いと思ってた。あの日、勝手に、行っちゃったこと」
「……うん」
「だから、今日は、その」
は口篭もる。僕は「その?」と言葉を繋げる。
「……っ一番にヒョウタに会いにきたの!」
……ふーん。……嬉しいけど、ふーん。
「……へぇ」
「……ちょっと、何その言い方は!」
テーブルから身を乗り出して、が僕の頭をべしべしと叩いてきた。
残念ながら、の攻撃は優しいものではない。優しいものだったら、笑って流せるよ。
これ、流せない。
「痛い!痛いって!」
「っふん」
満足したように、が椅子に腰を下ろした。
僕はといえば、情けないかな、頭をさすっていた。
「全く、酷いヤツ」
「……こそ」
「はぁ!?」
うわっ、恐い!
「だ、だって!僕だって寂しかったんだから、寂しくてっ、さび、っ」
喉がつかえて、目から溢れてきた熱いもの。
……不格好な涙が、ぼろりぼろりと頬を伝っていった。
「ちょ、ちょっと何泣いてるの……私の、せい?」
「……っ」
あわてふためくに、構うものかと声を上げて泣いた。
情けないけど、別にいい。
「行かないで」の一つもいえないまま、君が消えた。
それがどれくらい、辛かったか。
Idiot!
(馬鹿!)
09.03.10