「ろーぅでりふひっ!」
「……やめなさいお馬鹿さんが」





穏やかな昼下がり。

いきなりが背面から抱きついてくるものだから、ついつんのめった。
くるりと方向転換をして、少し落ちた髪を直して、ぱこんと軽くの頭を叩く。

は肩を落として、ふう、と息を吐いた。

「ぬふー、ローデリヒんちってほんっと暇だよね」
「ちゃんと言葉を繋げなさい」
「暇ー!暇暇暇まひぅひ!?」

子供のように駄々を捏ねだしたと思ったら、
舌を噛んだらしく、口を押さえてもごもごとうめく

……暇か。
暇を潰せるもの、といえば。





そう考えつつ、仕方なく、近くにあったピアノに目をやる。





未だじたばたしているを放置し、ピアノへと向かう。

「…」

無言で腰掛けて、適当な楽譜を探す。
これでいい、と楽譜を開き、鍵盤に指を置いた。





ゆっくりと流れる音が、穏やかな午後には丁度合うだろう。
淡い色が、ゆっくりとじんわりと、部屋に広がる。





「…ローデリヒもつまんね」





淡い色を切り込む、ぼそっ、と呟く声がして、少し眉間に皺を寄せながら振り向く。
もちろん、そこにいるのは

一体何が、つまらないというのだろう。
こんなに穏やかな午後は、珍しいというのに。





視線に気付いたは唇を尖らせた。





「ローデリヒの弾くやつっていっつもお上品っていうの?つまんない」
「…」

あんまりな言葉に、思わず押し黙る。
けれどもは、気にせず喋りつづける。

「トルコ行進曲とかさーなんかーどぱーっわーっていう楽しいのがいいよ」
「…そうですか」

少しだけ、呆れた。





……もう一度ピアノに向き直り、楽譜を調べる。
の希望した曲の楽譜は、生憎無かった。

恐らくどこかにあるだろうが、
調べに行っている間にがどこかへ行ってしまう可能性もあるため、
自分の指と記憶を頼りに弾く事にした。





逃げるように跳ねる音が、沢山生まれていく。





しばらく弾くうち、これもこれでいい、そう思いつつ、ちらりと後ろを向いた。





「…」





鍵盤から、指を浮かせる。音は、途切れる。





の姿が無い。





慌てて、辺りを見回すも、特徴的な後ろ姿は見つからない。
まるで、煙になって消えてしまったかのように。

あまりにも驚愕しすぎて、次に取る行動がわからず、あたふたする。





『ぎーるべるとぅ!あっそびましょ!』
『おー、!』





「!」





自分の左側からの声が聞こえ、そちらに早足で向かう。
どうやら開け放たれた窓から聞こえているようだ。





窓から少し、身を乗り出す。

そこには、わがままな妹のように、ギルベルトの首に軽くぶらさがる
ギルベルトは少しだけ苦しそうな顔をしながらも、笑みは絶やしていない。





「…」





……面白くない。





むくむくと拗ねる感情が出てくる。
先ほどの演奏が、急に馬鹿らしく思えてくる。





「(私の演奏は無視ですかそうですか)」





開けていた窓を力任せに閉めて、ずかずかとピアノに近寄る。
指を鍵盤にのせようとして、浮かせて、膝の上に丸めて置いた。





どうせ弾いたって、はやってこないのだ。





そう思うと余計にむしゃくしゃしてきて、
今すぐギルベルトとを引き離すべきと思考が計算結果を出す。
椅子を倒す勢いで立ち上がり、ずかずかと出口へ向かう。





「まったく、」





このお馬鹿さんが!