クラッシュマンと入れ違いに入ってきたのは、また新しく見る気体(……また赤い)とスネークだった。

スネークマンは片手を挙げて挨拶しながら、鉄格子と、部屋の異常に気が付く。

そういや鉄格子のインパクトが強くて気がつかなかったけど、この部屋頑丈なんだな。所々クラッシュボムで焦げてるけど、ぼろぼろにはなってない。

中で戦うのを想定しているのか……あるいは逃げづらいようにか……どっちも嫌だけど。





「よっ……ってどうしたんだそれ」
「いや、ちょっとありましてね……」





鉄格子がこんな状態になっているにも関らず、脱出すらしていない私に違和感を感じたのだろう。スネークは多少疲れた様子で、「修理道具持ってくっから待ってろよ」と言ってまた部屋を出て行った。ごめんスネーク。後でちゃんと説明する。

残った赤い機体は、部屋の惨状(というほどでもないけど)を見渡すと、私に焦点を合わせた。
釣り目がこちらを向いて、少しビビる。

だけどその目はすぐに線になって、私に笑いかけた。





「オレクイックマン!よろしくー」
「……よろ」
「なああれお前がやったの?」





……せっかちなロボットだね。喋らせてよ。
多少ペースを崩されながらも、「私じゃないけど」と返事をする。誤解とか面倒だし。

するとクイックマンは私を完全に視界から外して、シャドーマンに目を向けた。





「じゃあお前?」
「そうでござるが……ちょっとした手違いで。いやはや申し訳無い」
「いやいいんだけどさ、オレの管轄外だし!オレが言いたいのはそういうんじゃなくて!」





そこから何故か、クイックマンの好意的なマシンガントークが続いた。
要約すると、『鉄格子をこんな風にしちゃう武器を持ってるヤツと戦ってみたくて女の方に声をかけたけど全然違った!だからもう一人の方だと判断して、とりあえず戦ってみたい!』ということらしい。

……小学生か。





「あっ、そういやお前等名前何?まだ名乗ってないよなー」
「アンタが名乗らせなかったんでしょ」
「ちょ、殿」
「あれ?そうだっけ?ま、いーや、とりあえず名前!」





毒づいたのにスルーされた。ロボットって基本マイペースなのか……シャドーがゆっくりマイペースなら、クイックマンは高速マイペースって感じ。





だよ。一応よろしく、クイック」
「拙者シャドーマンと申す!」
「おう!とシャドーマンな!」





ていうか、一応ってなんだよーと、笑うクイックに、なんとなく、日常が戻ってきた気がした。
なんか、こういう男子ってクラスに一人くらいいるよねー……ねー……。





「……何か寂しくなってきた」
「「え」」
「……い、いっ、家に……帰りたい……っ」





嗚咽を漏らしながら本音を零す。涙は我慢してるけど、もう零れそう。
シャドーとクイックは、おろおろしながら私を慰める。大丈夫か、泣くなよって。





無理に決まってんでしょ。早く家に帰りたいに決まってる。お風呂入って、ご飯食べて、布団で寝て、学校行って。





全部が、今は遠いんだから。





「あっ、お前等何泣かしてンだよ!」
「す、スネーク殿ぉ……」
「な、なあ!スネークどうしよう!が泣きそうなんだけど!」
「見りゃわかンだよこのアホ!とりあえず出てけ!」
「「えっ」」
「出・て・け」





スネークが二人をしっしっと手で追い払う。
顔を上げた瞬間に、涙が落ちた。シャドーが、心配そうな顔で見てくる。

二人が出て行った後、スネークが工具を下ろしながら、「何か言われたのか?」と聞いてきた。
私は何も答えない。





「クイックに女らしくないって言われたとか?」
「……」首を振る。
「敵のアジトに掴まってるのに神経太すぎーとか」
「……」首を振る。
「んじゃあ大穴で、かわいくない!タイプじゃない!とか」
「……オイ」





さっきから酷すぎだろ。そう思ってスネークを睨みつけたら、「とりあえず落ち着いたか?」と聞かれた。
……くっ。ペースが戻ってしまった。
マジ泣きというよりも、もうほとんどべそかきに近い感じだ。

「さっきの、スネークの本音?」
「いんや、本音なのは二番目だけ」
「……私だって、神経図太いなって思ってたよ」





ついさっきまでは。





そう呟くと、スネークはあー、と声を漏らしながら、とりあえずベッドにでも座っとけ、と私に促した。私は大人しくそれに従う。
スネークも、隣に座った。

……近い。

「……あ、あんま近寄んないで」
「は?」
「なんかヤダ」
「……あのな、オレはロボットなんだぞ」
「そういう意味じゃないから。異性的な意味じゃないから」





そう言うと、スネークはしぶしぶと言った様子で、少し間隔を離した。

なんか近いと、弱ってる心を攻撃されそうなイメージがある。
それに、冷静さにも欠けそうだし。





「……それで、何かあったか?」
「いや、ちょっと……クイックがあんまりにも人間じみてて、なんか、懐かしさが、こう、ね」
「ああ……ホームシックか」
「それも無期限永久的なね」





皮肉を織り交ぜて返すと、苦笑された。





「ヒトが恋しいンだろ?」
「……人も、そこにある場所も、思い出も、全部恋しい。……悪いけど、ここじゃなかったらなんでもいい」
「お前をさ」





そこまで言いかけて、スネークが言いよどむ。
私は何?と目線で先を促す。





「お前と、博士を会わせられたら……いいんだけどな」
「……」
「そしたら、お前はもっと早くその腕の機械を外せて……ここからも、出て行ける」
「……」





そうだね、と同意することが難しかった。
だってほとんど、夢物語みたいなもんだし。

スネークが、「他には?」と話題転換をする。





「……クラッシュマンが、こわい」
「あー、分かるわソレ」
「何考えてるのか分からないし、……なにより、今は怒ってる」
「怒ってる?」





うん、と私は頷いた。





「この部屋とか、この鉄格子……はシャドーがやったけど。シャドーがさ、寝惚けてこの鉄格子を切っちゃったの。で、クラッシュマンは、多分逃亡するんだって考えて……怒って、攻撃してきた」
「……」
「……なんていうか、ショックだった。そりゃ私が悪いけど、……私だって、好きでここにいたわけじゃないのに……。……いや、そうじゃなくって」





言葉が纏まらない。
確かにそう思ったけど、それは本題じゃない。





は、悲しかったンじゃね?」
「え?」
「なんていうか、の話し方を聞いてると、クラッシュとも仲良くしようとしてたけど、最後の最後であの馬鹿にめちゃくちゃにされたーって感じ」
「あの馬鹿って、」
「だってそうだろ?お前悪くないし」

悪くない、と言われて、少しだけ詰まる。

「でも、そこにいるだけで、私は悪いんでしょ?」
「でもお前は、それがおかしいと思ってるんだろ?」
「……当たり前だよ。普通に生きてきて、ただ存在を否定される環境とか、なかったんだから」

鼻の頭がつんとして、声が震える。





は悪くねぇと思うけど。に、悪意は無かったわけだし」
「……」
「謝ればいいし……それに、





あいつ、怒ってないと思う。オレ的に」





「……は?」





「いや、アイツってさ、キレると我を忘れンじゃん?」
「ああ、うん、」
「でもキレた後、自分が何で怒ってたのか分からなくなってるんだよなー……なんつーか、キレる=任務みたいなヤツだから」
「……」
「それにさっきすれ違ったら、ふっつーにピピと戯れてたぞ」
「え!?」





何その衝撃の事実!まずクラッシュに戯れるという表現が似合わない。そして、怒った後に怒った理由を忘れちゃう性格……。





一気に力が抜ける。

「うそぉ……」
「いや、ホントホント。多分間違いねェよ。試しに今度話し掛けてみろって。あいつさっぱりしてるから」
「……確かに、さっぱりしてる」





嫌な面でも、良い面でも。





そう呟いた途端、シュ、という何かの摩擦音が聞こえ、スネークが床につっぷしていた……つっぷしていた?





!もう大丈夫か!?元気でたか!?スネークになんかされてない!?」
「うぉわ!」





いきなり顔面ドアップのクイックが現れた。
も、もしかして、あのシュッて音……走ってきたの!?どんだけ足速いの!?





「く、クイック殿!そんなせっかちに行かなくても……」
「……オイコラクイック。お前、人を突き飛ばしといて何もねェのか?」
「無い!」
「お前もう消えろ!」





「……」





わいのわいのと騒ぎ出す三人。
騒ぎつつ、クイックとシャドーは、私に大丈夫か、と確認をとってくる。





なんだか、それがとても微笑ましくって。





私は、少しだけ苦笑した。