「駄菓子屋だ」





学校での補習の帰り、いつもと違う道を通って帰宅していたところ、なんと駄菓子屋を発見した。
額を落ちる汗を手でぬぐいながら、学校指定の鞄を持ち直す。

駄菓子屋の奥は薄暗く、ひんやりしていそうだった。
誘惑に負けて、私は足を踏み入れる。

「(この町には結構住んでるけど……はー、いつもと違う道を通ってみるもんだ)」

奥には座敷があり、店主であろうおばあちゃんがちんまりと座ってテレビの高校野球を見ていた。
おばあちゃんはこっちを見てにっこりと笑う。もしかしたらさっきの声聞こえてたかもなあと思い、少し気恥ずかしくなりながら会釈した。





そのまま狭い店内をうろうろする。
幼いころ夢にまで見た大きい渦巻きのキャンディがあって、少し感動した。

何か買おうかなと思い、鞄を漁って財布を取り出しておく。
無駄遣いはしないし、お金が足りないということはないだろう。

さてお菓子を、と思いつつ、いろいろなところに目をやる。
左奥に進んでいくと、瓶入りのジュースとアイスも売っていた。アイスもいいかもしれない。メロンアイスが食べたいな。

ヨーグル、ヤングドーナツ、カステラ、カレーせんべい……半ば見ているだけでおなかいっぱいになっていると、出入り口のほうから、かこん、という音がした。
テレビを見ていたはずのおばあちゃんが、「いらっしゃい」とうれしそうに言う。そう大きい声でもないはずなのに、よく通る。店が静かだからだろうか。

なんとはなしに、お客さんをのぞく。
薄暗い店内に、大きなシルエットが浮かび上がる。「あ」





つい、大きな声が出てしまった。
だが時すでに遅し、相手は私に気づき、その目を見開いた。





私は相手のほうへ体をむきなおす。
それから半笑いで、片手を上げた。





「こんにちは、四ツ谷くん」
「……」





そこには、小学校の同級生、四ツ谷文太郎くんがいた。





−−−−−−−






私と四ツ谷くんは小学校の同級生ではあるが、一緒の中学ではない。
理由は簡単、私は中学校お受験をしているからである。

ちなみに両親が厳しいからとかそういう理由ではない。私自身が留学に興味があったので、留学のできる学校を選んだまでである。





そんなわけで、中学の違う四ツ谷くんにはあまり会わない。同じご町内だけれど、私は学校の帰りが遅いし、休みの日はもっぱら自転車漕いでどこかに放浪しているのでほぼ会わない。
最後に会ったのはたぶん去年のお正月くらいだろうか。約半年は会っていないということになる。





久々に会った四ツ谷くんは、また背が伸びていた。ラストにあった時も背が伸びていてびっくりしたというのに、中学3年でここまで伸びていると恐ろしいものすら感じる。
四ツ谷くんは、この暑い中私と同じ制服姿だった。違うのは、長袖シャツを着て、袖をまくっているというところと、足元のつっかけだろうか。にしても暑そうだな。

そんな四ツ谷くんは私を見て、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。





「お前、こんなところで何してんの?」
「補習の帰りだよ。こんなところに駄菓子屋があるなんてね」





そう言って鞄を見せびらかすようにする。
四ツ谷くんは「ご苦労なこった」と言うと、こちらへ歩いてきた。

どうやら私のいる場所より奥にある、冷蔵・冷凍ゾーンが目的らしい。





「四ツ谷くんはいつもここ来てるの?」
「まぁ」
「ふーん」





四ツ谷くんがガラスケースからラムネ瓶を取り出すのを見て、私もそれにしようと決める。夏にラムネを飲む。素敵だ。「ねぇ、私のもとってくださいな」
四ツ谷くんは怪訝そうな顔で私を一瞥した後、私に一本手渡す。手にひんやりとした空気が伝わって、それから冷えた瓶が直に手のひらに触れた。ありがとー、と言ってから、おばあちゃんにお金を払いに行く。

おばあちゃんは座敷から立ち上がると、古めかしいレジの前に立った。
お金を払っていると、後ろに四ツ谷くんが待ち構えていた。背が大きいせいか威圧感がある。

右によけて、なんとなく四ツ谷くんがお金を払っているのを見ていたら、レジのおばあちゃんが、「はい、いつもの」と言って何かを取り出した。
それは、糸引き飴の束だった。
いつもの、ということは、四ツ谷くんいつもおまけしてもらっているのだろうか。うらやましい。

思わずこちらを向かない四ツ谷くんの横顔を凝視すると、おばあちゃんが小さく笑った。

「そこのお嬢さんもどうぞ」
「え」

私が少し驚いているうちに、四ツ谷君は糸を引っ張っていた。四ツ谷くんがもらったのは、小さな青い飴だった。
四ツ谷くんが「引いたらイイダロ」というので、私はラムネの瓶をカウンターに置かせてもらい、ぺこぺこしながら糸を引いた。

「あっ」
「大当たり〜」

おばあちゃんが笑いながら、小さく拍手する。
私が引いたのは、大きなオレンジの飴だった。四ツ谷くんの飴の倍はある。

「うわー、ありがとうございます!またきます!」
「またどうぞ」

感極まってそう口走った私を、四ツ谷くんは黙ってじっと見ていた。





−−−−−−−





駄菓子屋を出てから、ふと手に持ったラムネを見て私ははっとした。





「しまった……四ツ谷くん、私ラムネの開け方しらないや」
「ハァ!?」





テレビでは懐かしのラムネなんていってよく見るけども、私はラムネを飲むのはこれが初体験である。
素直に四ツ谷くんに申告すると、信じられないという顔で見られた。いやガラス玉で封がされてるとかは知ってるんだけど、あけ方までは知らない。

四ツ谷くんは、「いいか、見てろよ」と言って、駄菓子屋の前にある長いテーブルに瓶を置く。私はこくんとうなづいた。
ぺりぺりとビニールをはがし、四ツ谷くんは上についているキャップをはずし、さらにそれを分解する。

それからその部品をソーダ瓶の上に乗っけて、両手で飲み口に押し込む。

かろん、という心地いい音がして、一瞬炭酸の泡が湧き上がる。それが沈んだあたりで、四ツ谷くんは私に顔を向けた。
その顔は心なしか満足げだった。





「分かったか?」
「うん!」





私は鞄を地面において、両足で倒れないようにはさんで固定する。それから糸引き飴を指輪みたいに指に巻きつけて、四ツ谷くんみたいにラムネをセットする。
そして、キャップを押し込んだ……のだが。





「ん?な、なんか入らないよ」
「……」
「うー……、駄目だ、汗で手ぇすべる」




しょうがない、家に帰って開封か、と泣く泣く思っていたら、四ツ谷君が私の横に立ち、ラムネを奪った。
それから先ほどと同じように封を開ける。

ごっ、とガラス玉よりも机によって音が鳴る。四ツ谷くんがそれを無言で差し出してきたので、私はあわてて鞄を手にかけ、それを受け取った。





−−−−−−−





照らしつける太陽の下で飲むラムネは最高だった。
手も冷えて一石二鳥である。

ガラス玉を時折太陽に透かしたりしながら、私は隣を歩く四ツ谷くんに話しかけた。「四ツ谷くん、進路決めた?」
四ツ谷くんはというと、ラムネを半分まで飲んだあたりでやめ、今は何も飲まず食べずに歩いている。

「進路?」
「高校の」
「ああ……俺は学校に残る」
「え?」

さらりと告げられた言葉に、私はびっくりした。

「留年するってこと?」
「ぶっちゃければ」
「……はー」

思わず感嘆のため息を漏らす。
留年を自分の意思でする人なんて初めて見た。学校がそんなにすきなのだろうか。

「俺は」
「ん?」
「俺はあの学校で、怪談を創る」
「……そういや、そんなこと言ってたなあ」

そうだ、思い出した。
小学校のころ、四ツ谷くんに付きまとっていたら、「俺は目立ちたくない」と言って突っぱねられたのを。
それからは、校外でちょっかいかけてたなあ、私。まぁ中学に入ったらめっきり会えなくなったんだけど。

四ツ谷くんて、今も変人なんだなあと思って少し微笑む。
ぬるくなった瓶の胴体をゆびでぬぐいながら、回顧に浸る。

「お前はどうなんだよ」
「え?」
「中学に入ったらいないし」
「そりゃ受験したしねえ」

そういって四ツ谷くんは少しだけ唇を尖らせた。
私はちなみに進学する。当たり前。

なんとなくかみ合わない雰囲気の中、再度ラムネに口をつけると、「変なヤツ」と四ツ谷くんに言われた。
からかうような口調なのに、顔は無表情だった。怖い。

「?」
「さっきのは止めるところダロ?留年なんていけませーんって」
「でも、」

私が外国に行きたくて私立に進んだように、四ツ谷くんにも怪談を創るという目標がある。
そしてそれを、四ツ谷くんならできそうだと思うから、おもしろいと思ってしまったから、私は野暮なことを言わなかった。

そう言うと四ツ谷くんは黙ってしまい、足を止めた。私も一歩先で立ち止まる。
ぽたん、と瓶を伝った滴が、はかない染みを作る。

四ツ谷くんが長い指を伸ばし、私の服のすそをつまんだ。
うつむいていて、表情は見えない。





「お前は、自由だな」
「?」
「もし、お前が忠告を気にせず俺につきまとってたら、俺に進学を勧めていたら」
「……」
「変わったモノも、あるかもしれないのに」





何をいいたいのか、私にはよく分からなかった。
でも、私が言いたいことは、決まっていた。





「今の四ツ谷くんが、私は好きだよ」





少なくとも、私は変わって欲しくない。何も。
私がそう言うと、四ツ谷くんは手を離した。





……ていうか素直に進学する四ツ谷くんとか想像つかないわあと思ったが、口には出さない。
すると四ツ谷くんはふらりと私に私に立ち寄り、それから「うひっ!?」





「ヒヒヒッ、油断大敵」
「何すんのー……」





瓶を私のおでこにぴたっとくっつけた。冷たいし、びっくりした。四ツ谷くんがおかしそうに笑いながら、手のひらで私のおでこをぬぐう。く、手のひらしか見えん。
四ツ谷くんは手をどけると、ぱっと背を向けてしまう。

「なんなんだよもうぅ……」
「ヒヒヒッ」

おかしそうに笑う四ツ谷くんをどついてやりたいが、手はふさがっている。
しかたなく背中にやるせない頭突きをくれてやった。





「てか四ツ谷くん先行かないで、待って待って」
「身長が足りねーと大変だなァ?」
「分かってんなら待って!あしながい!にもつおもい!」





上機嫌に笑う四ツ谷くんに、私は結局追いつけなかった。
だから私は知らないのだ、四ツ谷くんの照れた表情なんて。