「あれっ、?」
「あり、星じゃん」

後ろから名前を呼ばれ、立ち止まって振り返ってみるとそこには星のマスクをした星がいた。やっべーマジ意味わかんねー。
まさかこんなときに会うとは。今私の格好は、TシャツにGパン、野球帽という色気もへったくれもない格好だ。
ギターを背負っておしゃれな星とは大違いである。まぁマスクしてるからどっこいどっこいかもしれないが。

なんとなく気恥ずかしくなり、帽子のつばを下げる。
星は気にせず、私に近寄ってきた。

「お前何してんだ?」
「今からばーちゃんちの畑の収穫お手伝いにいくんだよ。星は?」
「ちょっと用あって今帰り。ていうか、手伝ってやろうか?」
「……え、いいの?」

思わぬ申し出であった。
うつむいた顔を上げ、星を見上げる。
星はにかっと笑うと、別にいいぜ、と言った。

「……じゃあ、お願い」






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「ばーちゃーん、きたよー」

扉を開けて、入り口にて星を待機させる。
軍手持ってくるから待ってて、といい、奥へと駆ける。

即効で入り口に戻ってから、「ばーちゃーん、ギターケースと荷物置いておくから気をつけといてー」と言うと、
ワンテンポ遅れて「はーあーい」と返事が聞こえる。

「よし、」
「大丈夫かよオイ」
「大丈夫大丈夫。あ、その七分丈脱いだほうがいいよ。汗だくになるだろうし。Tシャツとか着替える?汚れるかも」
「いや大丈夫」

マスクも脱ぐ?と聞こうかと思ったが、面白いのでそのままにしておく。
ギターケースをおろし、シャツを脱いだ星に軍手を手渡す。

星の白いプリントTシャツを見ながら、なんか夏らしいな、と考える。

「日焼け止めは?」
「出る時一応塗ってきたぜ」
「さっすがー」

何に対してのさすがなのか自分でもよく分からなかった。まぁ、おしゃれですねみたいなそんなニュアンスなんだろう。

扉を閉め、家の裏に回る。
そこには、小さな畑。今年も緑で暑苦しそうである。
太陽にも負けず上を向いている様に、なんとなくうんざりしてしまう。

星はきょろきょろと畑を見渡していた。

「結構ちっせえ」
「採れる量はぱねぇけどね」
「よっしゃ、早速」

そう言って奥のほうに星が駆けていく。楽しそうだなあいつ。
ここに入れ物置いとくから、というとおう!と元気な返事が返ってきた。

私も軍手をはめて、それから一度空を見上げる。
日光は、容赦なく照りつけている。





さて、私も作業するか。





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「あぢいー……」
「あと五個でラストー」
「ラストー」

よく分からないノリのまま、二人で気を紛らわすように会話する。
居酒屋みてぇと思ったのは内緒だ。

額を伝う汗をぬぐう。帽子をかぶってもこれだなんて。もう今なら水をかぶったって代わり映えは無いだろう。
背中に張り付くTシャツを気持ち悪く思いながら、作業を続ける。

星も暑い暑いといいながらせっせと働いている。なかなかまじめな男だ。
ちなみに例のマスクは、開始五分で「暑い!」とシャウトして脱ぎ捨てていた。最初に脱げよと思って少し笑った。





「よっしゃ、ラス、トー!」





そう言って最後に収穫した野菜を天に掲げる。うおっまぶしっ。ずっと下向いてたからな。
太陽が目に痛い。

そう言って右手を突き出したままでいたら、腰を上げた星と目があった。





「……」
「……」右手を静かに下ろす。





どう考えても私のキャラがおかしい。暑さで頭が沸いているとしか思えない。
星のかわいそうな目なんて初めて見た。





「……休憩、しようか」
「おう」





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「はい、ばーちゃんがおつかれさまって」
「おお!スイカ!」

台所にお茶のおかわりを取りに行ったら、ばーちゃんがスイカを切って冷やしていてくれた。
それをお盆に乗っけて、縁側で涼む星に持っていく。

星の左に座って、帽子を取る。一気に頭が爽快になって、一瞬ハゲたかと危惧した。
帽子が汗臭いし、髪ものっぺりしている。頬に前髪がかかって気持ち悪い。

星は早々にスイカを口に運ぶと、あっという間に食べつくしていた。
星の湿ってつやつやしている茶髪が子どもっぽくて、なんとなくかわいい。

「あー、労働の後だと美味く感じんなあ」
「どれ」

スイカを一切れとってかじると、しゃく、という音と共に甘い汁が口内を満たす。おいしい。
たぷたぷと胃に汁が溜まっていく感じがする。

汁が顎を伝いかけたので、指でぬぐってから種を吐き出した。

「んー、うまく飛ばないな」
「へたくそ」

そう言って星が種を飛ばす。おお、よく飛んでいくな。
マシンガンのようだ。

「あれ、芽が出るんだよね。すぐしおれちゃうけど」
「マジか」
「うん」

もう一口かじる。そうだ、星にちょっと野菜おすそ分けしようかな。
星が畑の右端に目をやりながら、スイカを嚥下する。

畑の右端には、ひまわりが五本植えられている。

「ここひまわり植えてあるんだな。夏だ」
「毎年デカくなってしまうけどね。星に似てる」
「えぇ!?似てなくね!?色だけじゃね!?」
「形もだよ」

言いながらいったんスイカを置いて、手を布巾でぬぐう。
足をぶらぶらさせながらぼんやりしていたら、星が麦茶を飲みながら話しかけてきた。

「そーいや、高校の時、夏休み明けは真っ黒だったよな?もしかしてこれか」
「あー……さいですわ」
「ずっとやってんのか?」
「家事手伝いは家の中にいると風当たりがきついんですよ」
「……お前ニートだったっけ?」
「仕事辞めた。職なし」

そういって、縁側に寝転がる。あー、太ももあたり熱い。
廊下に頬を摺り寄せると、少し冷えててほっとする。寝そうだ。

「ていうか星、なんか手馴れてたね」
「あ?ああ、P子のてつだってっから」
「ぴーこ……」

あかん、双子のアレしかでてこない。「まーた変な仲間たちか」

ぽつん、とつぶやくと、以外にもそれで沈黙が生まれた。ちょっと嫌な言い方だったか?意識してなかったけど。
天井を見やりながら、私はぼんやり考える。





星が、なにやら一風変わった住人たちと荒川の河川敷に住んでいるのは知っている。風の噂で聞いた。
そんな噂を聞いてから、私はなんとなく、荒川に寄ったことが無かった。

そもそも高校の同級生である星に再会したのは去年であり、そしてそのときにはもうマスクをしていた。
その上こいつは、「俺のことは星と呼んでくれ」とかのたまった。
わけがわからなくて熱を出した。

高校では、結構仲が良かったと思う。だからこそ、知らないうちに歌手になって、そしてまた知らないうちに変人にシフトチェンジしていたのは、私にとって衝撃だった。
歌手になったとテレビで知った時は、こいつのCDなんか買わないと思ったし、荒川にいるらしいと聞いた時は、荒川を故意に避けた。

星と会うのはいつも偶然だった。





星が苦笑しながら、寝転ぶ私を見下ろす。

「変て……まぁ変だけどよ」
「……」
「お前も、来るか?」

またもや思わぬ申し出だった。
ただ、私の中でそういったことに対する答えはただひとつだけだった。

数秒考えるフリだけして、「行かない」と言った。

星は何も言わずに、私の額にかかる髪をどかす。
くすぐったくて、情けなく笑いながら「やめてよ」と言うと、星は「わりぃわりぃ、」と手をどける。指が熱の塊みたいだった。

ふと横を向くと、星のマスクがあった。
なんとなく手を伸ばし、抱きしめる。

「んー、思ったより硬い」
「何やってんのお前」
「てかくさい」
「ばっ、離せ!」

ったくよーと言いながら、星は私の手から星を奪ってしまう。わけわかんねー。
星はそれから尻ポケットに手をやり、私のほうを見る。
何?というように目線で促す。

「吸ってもいいか?タバコ」
「駄目って言ったら?」
「……我慢する」
「冗談だよ」

じーさま喫煙家だったし。
そう言って鼻で笑ってやる。このくそ熱いのにタバコを吸うなんて、頭が沸いているとしか思えないけど。
紫煙がゆらゆら揺れて、なんとなく時がゆっくり流れているように感じた。
哀愁とはこういうことを言うのだろうか。ぼんやり考えながら、星から目を背けた。





こんなことで感傷的になるなんて、馬鹿だなあ私は。
星は変人で馬鹿だと思うけど、そんな星を好きな私はもっと変人で馬鹿なのかもしれない。





「帰り何で帰んの?」
「電車」
「時間大丈夫」
「余裕」
「ふうん」





他愛ない会話。蝉の鳴き声。入道雲。スイカの甘いにおい。
あー夏休み。まぁ家事手伝いはある意味年中休みだけど。





なんとなく終わりかけの雰囲気を感じながら、このまま時間が止まってしまえばいいのに、と柄にも無く思った。