季節は夏。

私は別荘に逃げ込み、今は午後のお昼寝タイムだった。というか大体毎日寝るくらいしかしてない。寝る→仕事→食事みたいなのを延々ループしている。
リクライニングチェアを調節して、私は仰向けになる。
そして、涼しく、隔離された部屋の中から、夏らしい素敵な景色を眺める。午後だから少し涼しいんだろうけど、外に出る気は無い。全く無い。

こんな中遊んでる子どももいるけど、正直無い。
このくそ暑い中で遊んだら熱中症で倒れる。ぶっ倒れる。

そう思いながら、子どもたちの騒ぐ声をBGMにまどろむ。
いつもならやかましいの一言だが、正直今は気にならないくらいまぶたが重い。





あ、寝そう――……「ーっ!」





「……」





どたどたという騒がしい足音を鳴らし、リビングの扉を開けてやってきたのは、アルフレッドだった。
目が覚めた。一気に目が覚めた。

頭を抱えながら、小言のひとつでも言ってやろうかと思うのに、頭が回らない。

汗を飛び散らせながら、アルフレッドが「この部屋は涼しいな!」とか笑いかけてくる。超無邪気に笑いかけてくる。
うっとうしいことこの上ないと思ってしまうのは失礼だろうか。

「……何か用?」

眉間に皺を寄せて、心底嫌ですという顔をしながらアルフレッドに問いかける。
すると、アルフレッドは少し焦ったようにそうだった、という顔をした。

「今からチームバトルするんだ!も参加してくれ!」
「ハァ?チームバトル?何のよ」
「これだ!」

そう言いながら、じゃじゃーんという感じで、ズボンのベルトに引っ掛けていたらしいものを見せ付けてくる。
それは光線銃を模した水鉄砲だった。色が。目に痛い色をしている。

ちゃぷん、と音がするので、水は入っているらしい。

「え、遊ぶの?やだよぉ面倒くさい」
「そんなこといったって、あっちが大人一人は卑怯だって言うから仕方ないだろ!」
「もしかして子どもと遊んでんの?アンタが抜ければ?」
「提案したのは俺なんだぞ!」

ええー、とため息をつく。
返事をしない私に何を思ったのか、アメリカが私の二の腕を引っ張る。容赦なく引っ張る。「ちょっ」

落ちる、といおうとしたまさにその瞬間、リクライニングチェアが傾き、がったん、と大きな音を立てた。





★★★





「やるからには全力でやるわよ」
「ねーちゃんなんでそんな怖い顔してんの?」

あの後死ぬほど腹が立った私は、誘いに乗った。アルフレッドは最初こそ若干私におびえていたものの、今は和気藹々と子どもたちと作戦会議をしている。むかつく。はらわたが煮え返るほどむかつく。
おかげで私は完全武装する羽目になった。黄色いリゾートワンピを脱ぎ、蛍光カラーのタンクトップにショートパンツ姿で、黒のキャップとウエストポーチをつけた。案外ノリノリとかそんなんじゃない。絶対そんなんじゃない。

「ていうか私、鉄砲無いし」
「おねーちゃん、はいこれ」
「あ、ありがとう」

女の子から水鉄砲を受け取る。
透明なボトルに、水が透けている。この中で泳ぎたい。

「じゃあ作戦会議するよ!」
「はーい!」

ちびっ子を集め、話し合いをする。

ちなみに勝ち負けを聞いてみたら「どれくらいぬれてるか」というなんともアバウトな基準がでてきて、私は頭を抱えた。

「じゃあびっちょびちょにすればいいのか……でも水鉄砲じゃ威力弱くない?」
「俺バケツ持ってるー!」
「おれも!」

そう言って手を挙げたのは、ぽっちゃりした男の子と、金髪の男の子。
手にはプラスチック製のバケツがある。

「なるほど、なんでもありなのか」
「ただバケツ持ってると早さが5落ちる!」
「5って何よ……」


あきれながらも、それを元に作戦を立てる。
囮組を作って、トラップを仕掛けることにした。

時間制限はある。これは私がアルフレッドに提案したものだ。水をかぶるとはいえ、熱中症になったらシャレにならない。本当、シャレにならない。
あと私が疲れる。

「じゃあこれでいいね?」

皆から歓声があがる。ふむ、私リーダーシップの才能があったのかもなあ。





「アルフレッド!こっちは終わったよ!」
「こっちもだぞ!」





★★★





!ちょっとは手加減してほしいんだぞ!」
「そっちこそ、私のことを少しは敬ったら!?」

柱の影に隠れ、私とアルフレッドが怒声を交し合う。
私もアルフレッドもびちょびちょだが、私よりも、考えなしのアルフレッドのほうがぬれているのは明白だ。
ていうか執拗に眼鏡狙って攻撃してたら、眼鏡はずされた。くそ。

私の水鉄砲には半分くらいの水が余っている。
これは4回目の補充だ。

さっきアルフレッド側の女の子が水を切らして立ちすくんでいたので、おでこに一発水を当ててみのがした。
若干腹立つ男の子が水を持って追い掛け回してきたので、後でバケツを使って水をぶっかけた。

一応、アルフレッドばかりを狙っているわけではない。一応。

私は足元で鉄砲を抱えて座っている子に声をかける。

「私が話している間に、後ろからアタック。私は罠をしかける」
「分かった!」

そういうと、男の子はそろそろと柱から出て行く。
親指立てて男の子を見送り、私は会話を再開する。

「さて……ねぇアルフレッド、このゲームって食料補給はしていいの?」
「えっ?」
「私おなかすくだろうと思って、クッキー持ってきたのよね」
「な、なんだってー!?」





ふふふ、うらやましかろうアルフレッド。私の食べるクッキーといえば、アルフレッドも好きなやつである。
私はわざとがさごそ音を立てながらポーチに手をつっこみ、もったいぶるように包みを開ける。





「ひ、卑怯だぞ!」
「何のこと?あ、おいしー」
「ぐうう……!」
「ほしけりゃおとなしく濡れなさい!」





そういうとアルフレッドは黙り込む。悩んでいるみたいだな。
このまま煽り続けたら、マジで濡れにくるかもしれない。マジで。

ここらが引き際。

私は思い切り柱を殴って、先ほどの子に合図をし、そしてスタートダッシュをする。
走り去っていく背中から「にーちゃん油断したな!」という声が聞こえた。





★★★





「あんなのでひっかかるかなあ?」

そう私に問いかけるのは、私と同じチームの女の子。私たちは建物の影に隠れて息を潜めている。
ここにくるまで3人くらいお供がいたのだが、途中で邪魔が入って離脱した。

そんな女の子の目線の先には、わざとらしく落ちているお菓子の包み。

「大丈夫よ。さっき精神攻撃したし、敵はかなり消耗しているはず。絶対消耗してる」

あのお菓子は罠だ。
古典的すぎて、逆にあっさり引っかかるのではないかと踏んでいる。

「あ、おにいちゃんきた」
「よっしゃ、飛んで火に入る夏の虫ぃ」

息を潜めて、二人でアルフレッドを見る。
アルフレッドはさっきよりも濡れている。ふふふ、ざまぁ。本当にざまぁ。

警戒しているらしく、胸元に水鉄砲を持ってきて、きょろきょろしている。
だがそこで、私が落としたお菓子を発見した。





「これ、の……?」





すぐにとろうとするが、一瞬いぶかしんでアルフレッドが辺りを見回したので、私たちは息を潜め顔を引っ込める。
そのまま辛抱強く待っていると、空気が少し緩んだ。お。





「落としてくなんて」





そう言いながら嬉々としてお菓子に手を伸ばしたアルフレッド。今だ。





「GO!」





女の子が思いっきり紐を引っ張る。
すると、アルフレッドの頭上に仕掛けられていた三つのバケツが、勢いよく倒れた。
もちろん、中には大量の水。





どばざーっ、という音がして、アルフレッドの頭を水が打ち付ける。
私は呆然としているアルフレッドの頭にすばやく銃を突きつけた。





「忍者の末裔、なめんな」





そういいきると、大きく目覚まし時計のベルが鳴り響いた。





★★★





「あーっ、つっかれた」
「それはこっちのセリフなんだぞ」





扉越しに、アルフレッドと会話する。

タンクトップを脱ぎ捨てると、結構べちゃべちゃだったので絞ってみた。ぎゅっと絞ってみた。
当たり前だけど、水が半端なかった。

部屋の中は涼しくて、やっぱり私は室内に引きこもってるほうがいいや、と思った。強く思った。

あの後、私たちのチームの勝ちが決定した。
相手のちびっ子たちにも、褒められた。すげえ褒められた。主に忍者について。

あー、あんなキメ台詞言うんじゃなかった。とりあえず影分身はできないといっておいた。
ていうか別に、先祖は忍者ではない(と思う)。なんとなくノリで言っただけである。

その後倒れたら困るからとジュースとアイスを配布し、さよならした。
残るはアルフレッドだけである。

髪をドライヤーで乾かして、扉を開ける。
そこには、タオルをかぶったままのアルフレッドがたたずんでいる。

「あーもう、ちゃんと拭きなよ」
「拭いたよ!」

全く、と思いながらため息をつくと、アルフレッドが珍しく「、ごめん」と小さく謝ってきた。
意外だったが、すぐ真顔に戻る。

「何よ、きもちわる」
「きも、……酷いよ!」
「勝手に巻き込んでおいて。でも、私も楽しかったから」

今度は付き合わないから、と念を押す。大事なことだから、念を押す。
そう言うとアルフレッドはぱっと笑って「うん!」と返事した。





「アルフレッドもアイス食べる?」
「食べるよ!あ、そういえば、あのトラップは酷いんだぞ!」
「引っかかるそっちが悪いのよ」