――つい3日前、掃除の折に、私は未使用の手持ち花火を発見した。
心当たりのないそれについて母に聞いてみると、どうやら去年粗品としてもらったものらしかった。
去年の夏の終わりにもらったらしく、タイミングを逃していたそうで、すっかり存在を忘れていたという。

私は派手な色合いの包装をひっくり返したりして眺める。にしても結構あるな。こんな感じの袋が4つはある。

「誰かとしてきたらー?」

母にそういわれ、私は麦茶を飲みながらそうしようかな、とぼんやり考えた。
しばらく外にも出てないし、いいかもしれない。
誰としよう。





……あ、





「……、ぐっ、」

そこまで考えて、私の頭にある人物がちらつき、私は思い切りむせた。我慢したけど飲み込みきれなかった。
何やってんのー、という母の声がする。
ほんと、わたし、なにやってるの。

麦茶の垂れる口元をぬぐいながら、自分の顔がものすごく熱いことに気が付いた。
恥ずかしさで、また体温が上がる。

ああ、でも。





――彼と花火、したいよねと、私の中の欲望の悪魔がささやいた。





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そして3日後。
私は鮫川の河川敷に来ていた。





「……」





あー今日もかっこいい。そう思いながら、お友達と話す彼――鳴上くんを見た。

――彼は春先に転校生として私のクラスにやってきた。

クラスメイトとは一味違う雰囲気を出す彼が、私はとても気になった。
一部の女子も私と同じで、彼が気になっているようだった。気が早い子は、もう恋に落ちていた。

ただ私は、あるきっかけで鳴上くんによくしてもらって、そこでやっと、完璧に落ちた。いいかも、が、この人がいい、に変わった。
ちなみにそのあるきっかけの際に抜かりなく携帯番号の交換もした。

今こそそれを有効活用すべきと、私は3日前、鳴上くんに電話し、花火のお誘いをした。
メールでもいいんだけど、なんか電話のほうが好きです感が伝わるかと思って。
珍しく、がくがく震える足をつねりにつねり、私なりにベストを尽くした。





――で、鳴上くんは爽やかにいいよって言ってくれたのだ。
ついでに皆で行ってもいいかと聞かれたので了承した。

何事も二人きりがいいけど、花火は二人でやるのは寂しいし、私のつたない語彙力では確実に雰囲気が盛り下がる。
ていうか二人きりでいたら緊張して馬鹿やらかしそうだなあと思ったのである。

電話が終わった後、私は一人でガッツポーズをして腕を攣った。





「……(私も鳴上くん、と話したい、なー……)」





そうは言っても、私はあのにぎわしい中に入っていくのは無理だ。
割と心と家の中ではハイテンションな方なんだけど、外側にあんまりでない。話するのも下手。たぶんクラスの人には暗い方にカテゴライズされているはずだ。

何であの人たちは鳴上くんと仲がいいんだろうと思いながら(里中さんとか天城さんとか花村くんならクラスメイトだしわからんでもないけど)、私は仕方なくバケツに水を汲みにいくことにした。
んん、なんか私の自尊心とか存在感がどんどんしぼんでる気がする。……情けない。

とぼとぼやる気なく歩いていたら、後ろからたた、という音がした。
ばっと振り向くと、そこには鳴上くんがいた。





「ごめん。俺も行くよ」
「いや、大丈夫です、が」





ちょっとびっくりしてしまい、反射的に否定を口にしてしまう。
それでも鳴上くんはにっこり笑って、私の持っているバケツを持ってくれた。

……あー、きゅんきゅんする。かっこいい。

私はこの暗闇に感謝した。
今私は、壮絶に緩みきった顔で、赤くなっているだろうから。





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「うぉーぱちぱちー!」
「げぇっクマ!振り回すなあぶねーだろ!」

やはり花火は大人数がいい。そう思いながら、私は花火を振り回してじゃれあっている熊田(?)さんと花村くんを見る。
何馬鹿やってんのーと呆れている里中さんと天城さんの手にも、緑色の光を放つ花火。

久慈川さんと巽くんは線香花火の特大版みたいなのをやっている。いいな、あとで私もあれやろう。

花火って見てるだけでも割とおもしろいんだな、と思いつつ、私も手元の花火が切れるのを待つ。
すると、突然鳴上くんが隣にやってきた。

、火もらっていい?」
「ど、どうぞ!」

ありがと、といいながら、鳴上くんは自分の持っている未使用の花火を、私の花火に近づける。
鳴上くんは自分の花火の先を興味深げにじっと見つめていて、あの……なんかかわいいんですが。
ていうか、ちっけー。呼吸の音まで聞こえそう。こっちは酸欠になりそうだけど。神様花火様ありがとう。

しゅっ、と音がして、鳴上くんの花火から青色の火花が噴出す。
それと時を同じくして、私の花火が消える。
ちょうどいいタイミングといえばタイミング、なのだろうか。

「あー、消えちゃった」
「今度は俺が、火、分けるよ」

そう言って笑う鳴上くんを見て、私は猛ダッシュでバケツと花火の束がある方へ向かった。





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花火も終盤。私は輪から離れてぼんやり線香花火をしていた。
線香花火って風情があるけど、思い出補正がかかってたみたいで少し退屈だ。こんなにちっちゃくしかはじけなかったっけ。私が大きくなったのかな。

そんなことをつらつら考えつつ、夏休みも含めた今後の予定をぼんやり考える。
内容は主に、鳴上くんと、こう、どうこうなるみたいな。

たぶん全部夢で終わっちゃうんだろうけど、それでも目標を立てて行動はしていきたい。後悔ないように。
この花火だって、行動のひとつだ。





「……」





鳴上くん、来年の春には帰っちゃうもんなあ。
だから万が一、そう、奇跡みたいな確率で両思いになれたとしても、遠距離になるわけだ。寂しい、のかなあ。よくわからん。話がもしもすぎる。

線香花火の玉が、滴のようにぽとんと落ちる。

オレンジの玉は、土にまぎれて見えなくなる。
……やべー、今なら何もかも哀愁漂って見える。ポエマーだわあ。





――こんな気持ちになるなら、花火しなくてもよかったかなあ、と思ってしまう。
いらんことに気づかず、ふわふわ恋してれば良かったかも。具体的に動いたりせずに。
あーダメだ、さっき考えた予定がぐらぐらする。

思わず背を丸めて、ひざに顔を埋め、目をぎゅっと閉じる。
考えるな、考えるな。





?」





後ろから、たった今考えていた人の声がして、びくっとしてしまう。

「調子悪い?」
「あ、いや、大丈夫……」

あわてて顔をあげ、すっくと立ち上がる。ずっとしゃがんでいたせいで足元はふらっとするけど、まぁ大丈夫だ。
未だ私を気遣うように見やる鳴上くんは、私の手に握られた線香花火の残滓に気が付く。

「線香花火か。俺もやろうかな」
「あ、どうぞ、やっちゃってください」

ん、と言いながらくるりと背を向けた鳴上くんをぼんやり見やる。
しばらくすると、火種をくっつけた鳴上くんがゆっくり歩いてきた。

よく見ると両手に2本持っている。すげえ。バランスどうなってるんだろう。

「はい」
「えっ、あ、どうも……」

なぜか線香花火を差し出されてしまった。
なんとなく受け取り、またしゃがむ。鳴上くんも私の前にしゃがむ。

ぱちぱち、という音と共に、きらめきがいっそうはげしくなる。

ちらりと鳴上くんを見る。
金色の光が鳴上くんの顔をぼんやり照らしている。眼球にてらてらと反射している光が綺麗だ。
とくとくと、耳の裏で血の流れる音がする。





「(……やっぱり、駄目、かなー)」





あきらめられそうにない。
私は何度行動をやめようとしても、結局失敗するのだろう。
鳴上くんが、そこにいる限り。

そう思って、せつなさがぶわりと湧き上がった。





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「あー、結構やったなー」
「あとは花火大会だね!」
「楽しみー!」
「里中は花火より食いもんだろー?」
「あーっ、花村、言ったな!?」
「花火かあ、楽しみっ!」

花火が終わり、辺りは暗くなった。
和気藹々と会話する彼らを見て、満足してもらえたようでよかった、とほっとため息をつく。

さて、私はバケツの水を捨ててこよう。このままではゴミとして出せない。
ほのかに香る火薬の香りに夏の終わりを感じながら、ゴム草履でぺたぺた歩く。
開始時よりも足取りが軽いから、私も思ったより楽しんでたんだな、とか思ってしまった。

すると先ほどよりも早く、鳴上くんが私に反応する。

「あ、、また」
「……鳴上くん」
「持つよ」
「いや、初めは持ってもらったから、いい、です」

というか今日は本当にありがとう、といいかけて口をつぐんだ。
何がありがとうなのか意味分からないし。

ていうか今日は神様が私に味方したのか、いいことばっかだし。
ぽわぽわした気持ちでいると、「じゃあ付いてく」と鳴上くんが言った。うわー幸せ死する。





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二人でぼそぼそ(これは私か)会話しながら、歩みを進める。
幸せだわあ、と頭の奥のほうで考えながら、目線を落とす。

ふと暗い視界で、鳴上くんの手が目に入った。

「……」

骨ばった、あったかそうな指だ。
熱っぽそう。そう思うと妙にむずがゆい気分になった。変態か、私。

意識しないようにしてもちらちら見てしまって、ついには鳴上くんに「どうかした?」と聞かれてしまった。
や、やばい。





「え、と」何でも、ないことも、ない。





言ってしまおうか。

今。

なんて?

なんていうつもりだよ。





「……(ああ、でも、)」





駄目だ、欲望がとまらない。
たぶん、暑いせいだ。そう言い訳している間に、口から言葉が飛び出した。





「手、つないでも……いい、ですか」
「!」





……言ってしまった。妙に冷静な頭で、そう考える。沸点通り越して停止してるのかもしれない。
当たり前だが、手は接触しない。ごめん鳴上くん気持ち悪いヤツで。





果てしなく後悔していると、つ、と人差し指が何かに触れた。
心臓が大きく一跳ねする。





「!」
「……、……」





触れたのは、鳴上くんの指だった。
鳴上くんの指は、手繰り寄せるように私の四つの指を探り当てて、きゅっと絡まった。





私は今、夢でも見てるのだろうか。触れられている手に力が入らない。でも、離したくない。





鳴上くんは何も言わない。私も、何も言わない。
心臓が破裂しそうだ。





ああ、神様。今なら別に、死んだっていい。
私は今、この上なく幸せだ。










――そう思った、ある夏の夜。