飛び散る汗。
空に消える低い音と地響き。
喉の奥をえぐる熱。
背筋を駆ける音の波。
熱の塊みたいな肌の接触。
手を青空に伸ばしては、音を掴む。
日差しにも負けないように、上下に跳ねる。
何物にも変えがたい一体感は、私の全身を駆け巡る。
全身が、どきどきしている。
――やっぱりロックフェスはいい。
そう思いながら、私は首にかけているタオルで汗をぬぐう。
ちらりと隣を見ると、同じように汗をぬぐっている財前くんと目が合って、思わず二人でにやっと笑った。
さぁ、首からタオルをはずして、手はもう一度、空へ。
☆ ☆ ☆
「あーっ、楽しかった!」
夏といえば、私はやっぱり夏フェス。
すぐ即答できるくらい、私はロックフェスが好きだ。
駅までの、アスファルトの道のりを歩きながら、私は烏龍茶のペットボトルに口をつけた。
周りは、私たちと同じように、フェスに参加したTシャツ姿の人でいっぱいだ。
ライブもいいけど、屋外でやるロックフェスは本当に楽しい。曲を楽しむっていうのもあるけど、皆で青空の下でわいわいやるのが、本当にいい。
興奮冷めやらぬまま、私は隣でポカリを口にする財前くんを見た。
財前くんは「ほんまに今回のは良かったっすわ」と小さく呟いた。
「これであの人らも有名になるとええんですけど……」
「ねー!あんなにカッコいいのに知名度低いとかおかしいよー。ファンは落ちないんだけどねー」
そうやって二人で話すのは、ひいきのバンドのことだった。
このバンドがきっかけで財前くんとも仲良くなったので、ぜひとも彼らには今後活躍してほしいところ。
サビの部分を思い出すと、もう終わったのに、また胸がどきどきしてくる。
汗でべっとりしているTシャツをぱたぱたさせながら、私は含み笑いをした。
「そういえば私が薦めたのはどうでしたか、財前くん」
「ガールズバンドのっすよね。ボーカルの声が渋くてかっこええなーって」
「でしょ!?まさかこんな声が!?って感じでしょ!」
「あれがロックやと痛感したわ」
財前くんはうんうん、と小さくうなづく。
やっぱり財前くんとは趣味が合う。そう思いながら「今度CD貸すねー」と言った。
「おーきに。ちゅうか、やっぱさんええバンド知ってますわ」
「おっ、ありがとー。でも、財前くんの薦めてくれた洋楽バンドもなかなか新境地だったよ。……今度またライブ行こうね、ライブ!」
「了解っす」
「やたっ!」
うれしくて、思わず両手を鳴らす。
これでまた予定ができた、と思いながら駅構内に入る。日陰が出来ると、少しだけ興奮が落ち着いた。
改札までの道のりを歩きながら、私は肩を回す。
「あー……にしてもこれは、筋肉痛決定だなー」
「ああ、結構始めから飛ばしとりましたね、さん」
「だってテンション上がっちゃって……財前くんもでしょ?」
「まぁ、そうやけど……俺は体鍛えてますもん」
そう言ってふい、と視線をそらす財前くん。私は?となってから、ああ、と納得する。
財前くんとは通っている学校が違うので、どうしても一緒に出かける時以外の姿が想像しにくい。
「ええと、……テニス部だっけ?」
「っすわ」
ぺちぺちと財前くんの二の腕をたたいてみたら、財前くんの肩が小さく跳ねて、それが少し面白かった。
☆ ☆ ☆
電車の座席に座り、二人でほっと息を吐く。
座る瞬間まで、二人でずっとしゃべってしまった。
私は楽しさの余韻に浸りながら、手に持ったタオルを弄ぶ。
電車が発車して、二人で同じ方向に揺られながら、また口を開いた。
「今日のフェスもよかったけど……前に財前くんと行ったライブ……あれ良かったなあ……フェス抜いたら、ライブではあれが一番良かったかも」
「ほんまですか」
「ああいうのもっかい見たい……まぁ今日はおなかいっぱいだけど……」
疲れたからか、吐き出す言葉に覇気が宿らない。財前くんもそうなのか、くあ、と小さく欠伸をしている。
釣られて、ふわあ、と私も欠伸をした。体がほかほかするし、いい気分。寝そうだ。
ことことゆれる電車のビートが、ロックフェスの地鳴りを彷彿とさせる。駄目だ、寝ちゃう。
ほっぺをたたき目を瞬かせていると、財前くんが「起こしますよ」と言ってきた。
「え、ほんと?」
「まぁ俺も寝るんやけど」
「駄目じゃーん……」
思わず突っ込むと、ええからええから、と言って財前くんが私の頭を無理やり肩に乗っけた。
もたれる形になると、いよいよ眠気が襲ってくる。
「寝ちゃうじゃーん……」
「これでも寝過ごしたこと無いんで大丈夫っすわ……」
そう言って、財前くんはこてん、と私の方に頭を傾け、腕組をして黙ってしまった。
気恥ずかしいはずなのだが、どうにも眠気で抵抗する気も起きない。
ほとんどあやふやな意識のまま、私は重たい口を開いた。
ただ、今日のフェスの感想とか、いいたいことはいっぱいあったのに、頭が回らなかった。
「財前くん……また、フェスとか……ライブ……行こうね」
「……はい」
それから、二言三言言葉を交わしたけれど、何をしゃべったかはほとんど覚えていない。
ただ耳の奥に、あの歓声と地鳴りが未だうずまいているような気がした。