「ー、金吾くん達来たよー」
「ふあーい」
手からゲームコントローラーを離し、玄関へと向かう。
自室から出て廊下に足を滑らせれば、さすがに冷たい。
今日は12月24日。いわゆるクリスマスイヴである。
我が家は毎年、いとこの家族、祖父母を呼んで少し多めの人数でぱーっと祝う。
丁度うちの母親が、この日付近で誕生日なのも関係しているけど。
玄関のドアを開けると、真っ先に飛び込んでくるのは「こんにちはさん!」
「おー、こんちは金吾ー。おばさんとおじさんもこんにちは」
「今日はお招きありがとうね」
「これ、お土産」
「あ、ありがとうございます。どうぞあがってください、寒いですよね。……雪、降ってるんですね」
今気付いたが、3人の後ろでちらつく雪。ゲームずっとやってたから気が付かなかった。
……おじいちゃん達無事にこれるかな。
金吾がいそいそと靴を脱ぎ、おじゃまします!と言って中へ進む。
「あっ、ちょい待ち金吾」
「えっ?」
「雪ついてるよ」
ぱっぱっと肩や髪に降りかかる雪を払うと、ありがとうございます、と言って小さくはにかむ。うへえ、かわいい。
「ゲームついてるから、私の部屋行ってて」
「わかりました」
たたたっ、と金吾は靴下を滑らせて歩いていく。礼儀正しいし、前よりでかくなったな、ありゃ。
感慨深いものを覚えつつ、おじさんとおばさんの荷物を持って、リビングへと向かった。
「金吾ーカルピス持ってきたからあーけーてー」
「はーい!」
自室へと二人分のコップを持ち向かう。
勢いよく開いたドアから、金吾が顔をのぞかせる。
部屋に入り、ミニテーブルの上にコップを置く。
それから、クッションをひとつ引っ張り出し、金吾に渡す。
金吾はそれをお尻の下に敷いて、よし安定。
私もゲーム機を手に持ち、準備完了。
メニュー画面でカーソルをぴこぴこ移動させながら、雑談に興じる。
「金吾でかくなった?」
「はい!春に計ったときは去年よりも身長が伸びてました。さんはどうですか?」
「私?私はねえ……まぁ私くらいになると伸びなくていいようになるのよねー」
そして余計なところの数値は増えるんだよねー体重とかなー。
「金吾は伸びそうだね。剣道まだやってんの?」
「やってますよ」
「大変だね」
「んー……大変ですけど、楽しいですよ」
キャラクターを選択し、そこで会話は途切れた。
ここからは、もう年上とか年下とか関係ない世界である。
いざ尋常に勝負。
「……ああーっ、ちょ、ちょ、飛ばさないで!マジタンマ!死ぬ!」
「……」
「おおう……私のマスコット……」
「……」
「……」
「……あっ」
「ふふふふ」
「あっ、駄目!駄目ですったら!あっ、ちょっ」
「さっきやられた仕返しだべえええええ!!!!!!!ってあっ、まずっしくった足場が、」
「ゴー!」
「ノォオオオオ!!」
「アレだわ、アレ……金吾来るまで一人で練習してたのがよくなかった……親指痛い……」
親指を押さえながら、床にごろんとあお向けになる。
回避しようと連打しすぎた。無駄なあがきだったけど。
ちっちゃい背中は数秒成績画面を見てから、私を見やる。うむ、将来有望な顔だ。
「カルピス飲むー?」
「どうぞ」
「……くっ」
だらけたまま飲み物を取ろうとしたら先に取られて渡された。介護されてる気分だわ。
受け取ってごくりと飲むと、ほてった体に丁度いい冷たさだった。氷もほどほどに溶けて、味もいい感じ。
半分くらい飲み干して横にいる金吾を見ると、両手でコップを持ったまま、こっちを見てにこっと笑う。かわいい。
「ねえ金吾、雪っていつから降ってた?」
「えっ?今日はお昼を食べた後にはすでに……」
「マジで」
この部屋カーテンすら開いてないしな。
そう思い、立ち上がって窓へと向かう。金吾も私の後をとことこついてくる。
カーテンを開けて、窓を開ける。途端にぶわっと、冷気がなだれ込む。寒い。
金吾が窓の桟に手をかけて外を見る。
真っ暗闇の中には、イルミネーションも何もない。そこそこ田舎だし。
ただ、オレンジ色に光る道路灯と信号が、雪によってぼんやり光っている。
何も無い感じが、不思議だ。
「時が止まってるみたいだね」
「うん……」
金吾もぼんやり口をあけたまま返事する。ていうか敬語取れてるし。
ほてった頬に冷たい空気が触れる。
そうしてしばらく、二人で雪を見ていた。
「……今とおったのおじいちゃん達の車だよね」
「……うん」
「おー、今年も中途半端に豪勢だね」
「いいから食器とか運んで」
「ほーい」
大きなテーブル2つ(ひとつは普段使ってない)がくっつけられ、その上には大皿がいくつか。
例年どおりなら、じいちゃんたちがケンタッキーを買ってくる、はず。
お父さんは読んでいた新聞を畳んで玄関へ向かう。来た、ケンタッキー……じゃないわ、じいちゃん達。
台所に入り、コップを出す。
ふと下に視線をやると、金吾が手を伸ばしていたので、コップを渡す。
「二つずつね」
「はーい」
金吾の背を見ながら、私はお盆にコップを並べていく。
「ビール出すの?」
「明日帰るらしいからお願いー」
了解、と呟いて冷蔵庫から缶を大人分取り出す。
お盆を持ち直すと、金吾がお箸の棚をあさっていた。勝手知ったるなんとやらだな。
金吾が棚を閉めたタイミングを見計らい、声をかける。
「行こ」
「ちゃんも来年は受験だね」
「うっ、言わないでよおばあちゃん……」
「いやいや、言わないと。は成績が悪いし」
「クリスマスだからいいっこなしだって!」
思わず声を大きくすると、みんな笑われる。くそう。
今に見てろ、と無意味に思っていたら、服の端をくいくい、と引っ張られる。
「どした金吾」
「あの……あれ」
「あれ?」
金吾がもじもじしながら向こうのテーブルを指差す。
あ、チキンが欲しいのか、もしかして。
チキンか、お皿貸してみ、と言って、金吾から皿を受け取る。
「お母さんチキンー」
「はいはい、ちょっと待って」
「ちょっと待ってだってさ」
「わかりました。……あの、」
「どした?まだ何か欲しい?」
金吾がもじもじしながら、何かを言いよどむ。大人数だとこの子、照れ屋だなあ。
さっきまで部屋であんなに無礼講だったのに。……冗談だけど。
「いえ……さん、あの、受験、がんばってくださいね」
「……おうともよ」
小さな握りこぶしを、きらきらした表情を前にして、まだ結構先だけどね、とは言えなかった。
腹もこなれてきたところで、クリスマスっぽいもの、クリスマスケーキの登場である。
今回はおじさんとおばさんが買ってきたものなので、どんなものかは不明。少しわくわく。
箱を開けると、その中にはブッシュ・ド・ノエルが。おお、いつもと違う。
「金吾も選んだ?」
「はい、おいしそうです」
金吾の目はケーキに釘付けで、敬語を使っててもやっぱり子供だねえ、とほほえましくなった。
「……お母さん私の分倒したね」
「間違えちゃった」
「まあ味が変わるわけじゃないけども……」
金吾に変えますか?と聞かれたけどことわった。ありがとう。
倒されたら倒されたで、丸太っぽさが見えてていい。
「おいしい!」
「おー、ほんとだ、おいしい」
ケーキにぱくつく金吾を見ながら、私もゆっくり咀嚼する。舌の熱でクリームがどろっと溶ける。
が、くどくない。おいしかった。
大人たちは酔って、小さく騒ぎになっている。
私達はその輪をこっそり抜け出して、自室に戻った。
「金吾さっき、おじいちゃん達からなんかもらってた?」
「えっと、お小遣いを」
「……クリスマスなのになあ」
まぁ金吾かわいいし、ジジババ受けはよかろう。
そう思いつつ、壁に立てかけてある青い袋を手繰り寄せる。
「金吾眠い?」
「いえ、全然!」
「じゃあDVD見ようよ。もうゲームは勝てなさそうだし」
アニメ映画のシリーズ物が二つ。アドベンチャー系の映画がひとつ。
どっちにしようかな、と思いつつ、まずは、とシリーズ物を出す。
DVDをセットして、待機。
金吾はDVDのパッケージをさわりながら、少しそわそわ。
「ご飯おいしかったねえ」
「お肉おいしかったです」
「私も久々にがっつり食べたわ……」
その後二人で映画に見入り、クライマックス直前には、金吾は目をうるうるさせて、
私は私で、呼吸困難になりそうなほど号泣していた。
結局映画はアドベンチャー物を見てやめた。シリーズの続きは明日にしよう。
くあ、と金吾が小さくあくびをする。
「布団敷く?」
「まだ、……駄目、です」
「駄目って」
まぁ別にいいけど。
私もまだ寝る気はしない。ていうか今朝起きるのが遅かった。
「私ちょっと眠気覚ましに外出るけど、一緒に行く?つっても玄関から五歩くらいだけどね」
「行きます」
「んじゃあ上着なね。風邪引くから」
私もカーディガンを羽織り、その上から、ジャージ、コートの重装備をする。
金吾も上を着ていたけど、不安なので私の上着とマフラーを貸した。
だぶだぶの袖をまくる金吾と一緒に、廊下に出る。
「大人はまだやってんのかね」
「さあ……」
二人で少しあきれながら笑う。サンダルを突っかけ、金吾が靴を履くのを待つ。
ドアを開けると、そこは変わらず雪が降っている。というか、雪の量が少し多くなったか。
満腹感のせいか、さっき見た寂しさは感じない。
どの家族も家にひっこんで、暖かくすごしているような気がする。
はぁ、と吐く息は白い。
金吾は少し歩いて、雪をつつく。
私もなんとなしに、郵便受けの雪を手で掬う。じんわりと、冷たさが指を伝う。
きゅっと握って、雪兎でも作るかと思ったが無理だった。スノーマンも同様に、私の指の跡がついただけだった。
ふとぼんやり目線を上げると、金吾がこちらをじっと見ていた。
軽く笑って、どうしたん?とたずねる。
金吾は視線を少し落としてから、私に近寄る。
鼻が赤い。トナカイみたいだ。
金吾が、私の上着の下にある自分の上着のポケットをまさぐる。
「あの、さん……これ」
「ん?……クリスマスカード?」
「あっ、まだ見ちゃ駄目です!」
僕が、僕がいない時に……と金吾が小さく呟く。
照れてるのか。かわいい。
「うん。わかった。ありがとう、金吾」
金吾はぱっと顔を明るくして、それからまどろむように微笑んだ。
そんな金吾を見つつ、なんとなしに、ぼんやり思うことがあった。
いつか金吾も、背が高くなって、私みたいに高校受験を控える。
大学にも行くだろうし、就職もする。
もちろん、すべては私の方が先だと思う。
けれどなんとなく、成長していく金吾が離れていくような気がして、さびしく感じた。
私はいつでもここにいて、けれど金吾はどこかに行って、知らない顔になるのかもなあって。
私は金吾を、今の金吾をちゃんと覚えていられるかな。
「……さん?」
「……ごめん、ぼーっとしてた。部屋に入ろう、もう眠いだろうしね」
「はい」
金吾を中に入るように促す。
……小さい背中だ。私の服だってぶかぶか。
かわいらしさを覚えると共に、あの雪の景色みたいに、奥の見えない、ぼんやりした寂しさを感じた。
布団を敷くと、金吾はお風呂に入ることもなく早々に眠ってしまった。
やっぱり子供だな、と思う。
せめてお風呂には入るか、と重い腰を上げて、それからカードの存在を思い出す。
出しておかないと、洗濯物と一緒に洗いそうだ。
「……」
手作りらしいその白いカードは、うっすらとピンクや青や、緑の色紙らしきものが透けている。
その上をなぞり、「メリークリスマス」とペンでかかれている。
二つに折られたそれを開くと、小さなツリーがゆっくりと起き上がった。
……ちょっと感動。
「私もこんなん図工で作った気がするわ……」
青い星がてっぺんに輝いたツリーには、不恰好なピンクの丸がちりばめられている。
ふとツリーの根元を見ると、なにやらメッセージ。
「……」
つい、顔がにやける。慌ててそれを閉じ、もう一度開いて、閉じる。
そしてなくさないように、棚にしまっておいた。
それは色鉛筆で、カラフルに書き分けられていた。
『ずっと仲良し』
......I wish you a merry christmas!