『本当にごめんなさい、ちゃん……』
「んーん、いいよ。アイドルだしクリスマスは稼ぎ時だもんね?気抜かずにね」
『本当にすいません……』
「ふふ、別に良いよ。……それにいつでも会えるよ、」


そう言うと、那月が電話の奥で小さく微笑んだのが分かった。


『あの、』
「んー?」
『……、……がんばってきます』
「うん、風邪引かないように気をつけてね」

携帯を切ると、ふと、画面にちらつく影。
はじかれるように、空を見上げる。





「あ、雪だ……」





灰色の空から、真っ白な雪が優しく降りてくる。
なんだかそれが那月のようで、携帯で写真を撮ってから、私は踏み出した。











那月とはデビューする前から恋人同士だ。
恋人になる前もいい友達として付き合っていたから、付き合いは本当に長い。





長い付き合いの中で、私は那月に出会えたことをいつも感謝している。





那月は繊細だ。私よりもメンタルは弱いと思う。アイドルになってからは少し強くなった気もする。純粋さはそのままだけど。
那月は繊細な反面、人を大切にする。人をまっすぐに愛せる。これはすごいことなのだ。
まるで童話から抜け出してきたみたいで、那月の言葉にはいつも魔法がかかっているみたい。

そんな那月の隣にいられるなんて、私はとても幸せだと思う。

優しく髪に触れる細い指が、私の名前を甘く呼んでくれる声が、いつも私の世界を色づかせる。
なんとなくあのほんわりした笑顔を思い出してしまって、ごまかすように那月の歌を口ずさむ。





「……そうだ、那月にプレゼント買おう」





今年は何がいいかとストレートに聞いたら、何もいりませんって笑って言われちゃったんだよな。
それからずっとタイミングを逃してしまっていたし。

「アクセサリー……は、あんまりいらないかな。本とか服にしようかな。雑貨でもいいかも」

あれこれ考えながら、頬が緩む。

那月は知らないかも、私がプレゼントを選んでるとき、とっても幸せだってこと。
そう思って、少しむずがゆい気持ちになった。

熱い頬に降りかかる雪を払い、心持足取りを早くする。
会えない時間は、愛しい気持ちを増幅させる。那月も、そうだったらいい。











「んー……結構悩んでたなあ」

なんか那月ってかっこいいから何プレゼントしても様になるような気がして……。結局マグカップと雑貨数点を買ってみた。
ちなみにマグカップはおそろい。
……んー、彼氏バカ?

「……」

紙袋から覗く金色の袋に、頬が緩む。
それからふと、すれ違ったカップルに目をやる。

細い指と、骨ばった指が柔らかくつながれていた。

暖かそうだな、と思いつつ、自分の掌を見やる。
開いたり閉じたりしていると、雪が降ってきて、少し物足りない気持ちになる。

次に会ったら、いっぱい手をつないでもらおう。そう思いつつ、私は紙袋を握る手に力をこめた。











電車にゆられながら、那月に会ったら何を話そうかと思いを巡らせる。

……それにしても、一年ももう終わりだ。
那月と一緒にいると、時間の流れが速い。いつも満たされていたからかも。

ずっとそうして那月のことを考えていて、なんだか那月に会いたくなってしまった。
でも今日は駄目だ。仕事がある。

目を瞑って、那月の声を思い出す。
本当はここにいてくれたらな、って思う。

……でもいい。
また、ちゃんと会えるのだから。











那月とあえないならば、と、私はさっさと寝てしまうことにした。
ケーキも買ってないし、ご飯は……レトルトでいいや。もしかしたら食べずに寝ちゃうかもだけど。

そう思って部屋の鍵を開けて、中に入り込む。
しんとした部屋には、当たり前だけど那月はいない。

電気をつけずにリビングにまで進んで、そこでやっと電気をつける。





ぱっと明るくなった部屋の、中央のテーブル。
そこには、何かが置かれていた。





「!……これ、CD?」





もしかして、と思ってケースをひっくり返すと『for you』とマジックでかかれている。この字は。
CDにはジャケットも歌詞カードもない。完全に手作りのようだ。

これは、もしかして那月が?そう思うと、胸が苦しくなった。
悲しいんじゃない。すごく、泣きそうなくらい、嬉しいのだ。

まだ泣かない、と口を結んで、CDコンポの方へと向かう。
コードのささったままのヘッドホンを耳につけて、CDを再生する。





「……すご……、」





歌詞を聞くと、クリスマスソングらしかった。
けれど、そんなことは気にならないくらい、すごい。





私の大好きな、那月の優しさと愛が、歌に満ちている。

メロディは、踊る雪と星みたいにきらきらしていて、繊細。
声は柔らかくメロディをなぞって、鼓膜をすべり落ちる。

私は自然と、泣いていた。ぼろぼろと、あふれるものをとめられなかった。

優しい、優しい歌だ。
私の世界を、鮮やかに染め上げる、歌。
私を抱きしめる、歌。





これは、那月そのものだ。





そう思いながら、終わったその曲をもう一度聴こうと、再生ボタンを押そうとした。





「わっ……!?」





ふいに、後ろから抱きすくめられる。
びっくりした、けれど、この、腕は。





「遅れてしまってごめんなさい」
「な、つき、」
「頬が濡れてる……泣いてるの?」





ざらっとした指が、頬をなぞる。
少し首を動かして後ろを向けば、申し訳なさそうな顔の那月。

しゅんとした顔に、思わず泣いたまま苦笑い。
体勢を変えて、那月とちゃんと向き合う。





「別に、悲しくて泣いたわけじゃないよ」
「え?」
「この歌、愛を感じるから。嬉しくて泣いちゃったの」





そういいながら、ヘッドホンをはずす。
じっと見てくる那月の顔を見て、ああ、ここにいるんだと実感がじわじわ湧いてくる。





「……でも、やっぱり本物の那月は格別だね」
「っ、ちゃん!」





ぎゅーっと力の限り抱きしめられる。けど、これも慣れたもので、「ちょっと痛いよ、那月」そう言って腕をペシペシと軽くたたく。
すぐに力は弱まる。

目じりに残った涙を指で拭いていると、那月がちゃん、と私の名前を呼ぶ。





「……さっきは」
「ん?」
「さっきは、電話だったから言わなかったけど」
「……うん」
ちゃん、愛してます。ずっと一緒にいてください」





ささやくようにそう言われて抱きしめられ、私の涙腺はまた緩みそうになった。
これも、嬉し涙だ。
そう思って、少し笑いながら、私はゆっくり那月の背中に手を回した。





「私も。ずっと、一緒にいてください」











ひとしきり愛を語りあったらちょっと気恥ずかしくなった。
那月を離すと、軽い空腹感。
そういえば、何も食べてなかった。

なんだか、空腹感を忘れるくらい那月を意識してたみたい。

「ね、今からご飯食べにいく?」
「……ちゃん、疲れてませんか?」

心配げな顔をする那月に、顔が思わず緩んでしまう。





「んーん!んで、終わったら渡したいものもあるから」





話したいことも、見せたいものも、やりたいこともあるから。





不思議そうな顔の那月に小さく笑いかける。

素敵なCDもらっちゃったし。





私も愛、返せてると良いなあ。





with lots of love.