皆さんは、運命って信じるタイプだろうか。……いや、新手の宗教勧誘じゃなくって。





私はあんまり信じない、というか意識しないタイプだけど、今回ばかりは運命の陰謀を禁じえない。
『あの』背の高い人が、現在私の目の前にいる。





「……あ、と、どう、も?」
「……」





まさか、彼が同じアパートの住人だったなんて。











朝。
私は、「今日はゴミ出しだ」と勢いよく起き上がった。勢いがよすぎて頭が痛かった。

ゴミ出しに行こうと階段を下りていったら、なんと目の前にのっそり階段を上ってくるあの人がいたのだ。
驚いて、いい加減に持っていたゴミ袋の片方が落下し、大きく音を立ててしまった。

それまで緩慢に歩いていた彼は、音につられて顔を上げた。





そして冒頭に戻る。





ゴミ袋を持ち上げて、どうにか口を開こうと奮闘する。

「あ、と……同じ、アパートだったんですね……」
「……」
「(会 話 が 無 い !)」





ただじっと、見つめられるだけ。観賞魚ってこんな気分なのだろうか。
……泣きたい。





そう思っていたら、その人は言葉をつむいでくれた。

「……知らなかったの?」
「え、」
「……」

私の言葉を待っているのか、それとも言葉を繋げるのが面倒だったのか。その人はまた黙って私を見る。
私は彼の言葉を噛み砕き、そして少し驚いた。

「……え、私のこと、知ってたんですか」
「ぼんやりとだけど」
「は、話し掛けてくださればよかったのに……!」
「そういうのキャラじゃないから」
「(いやまあ確かにそうですけども……)」





即答されて、少し脱力する。この人、友人を作るときでも受身なんじゃないかな。
しかし……結構まともな会話(?)が続いている。

少し呼吸を落ち着けてから、「何階に住んでらっしゃるんですか?」と聞いてみる。

「五階」簡潔に答えられる。三つ上の階だった。
「あ、じゃあ階違うな……」
「そっちは」

おお、聞き返された。なんか感動。脳が早く答えろと急かす。

「私ですか、私は二階です。……あ、と。二階のです」

さり気無くないけど名乗ってみた。相手に名前を言ってほしいという遠まわしな催促。

「……柿本」





ぶっきらぼうに答えられる。
だけど、逃げないだけ良い人だ。てっきり何か(心にヒビが入るような何か)言って去っていくかと思ったのに。

かきもとさん。柿本さん。柿本さんかあ。

ちょっと頬が緩んでいたら、不思議そうな顔をされた。あ、そういう表情もできるんだ。
ますます頬が緩む。胸の辺りに、暖かい花が咲く。





「これから、時々会ったらよろしくお願いします」
「めんどい……」
「え、」
「何でも無い」





ふい、とそっぽを向く柿本さん。

めんどいって言ったな、この人。めんどくさがりさんか。
……まあ多分口癖だろうし、誰にでも言ってそうだから。気にせず気にせず。

この人とは、仲良くなってみたい。
だって私、このアパートで付き合いがあるの、年上の人ばっかりだし。この人は同年代っぽく見える。
仲を徐々に深めてそしてあわよくば夕飯の残りをおすそ分けする仲……は無理だとしても、
ちょっとした挨拶が出来る仲になりたいな。

喜びの中、ふと指先に重みを感じる。





「……あ、ゴミ! あわわ、それじゃあ、失礼しますね!」





もうそろそろ近所の小学生が集まってくる。最近の小学生は元気いっぱいなのだ。
私には眩しすぎて、ちょっと苦手。子供は嫌いじゃないけど。





ぺこり、と頭を下げてから、階段を下りた。
心なしか、足が浮くように軽かった。