「……」
片手には、お饅頭の入ったビニール袋。
もう片方の手は、拳を作って。
私は今、柿本さんの部屋(多分)の前にいる。
「……、……」
なんでかというと、この間の猫ちゃんの件でお礼に。
……というのは、多分、口実。自分でも、よく分かってない。
恐らく、柿本さんと、ちょっと仲良くなってみたいのだ。年も近いようだし。
その為だけに、今日の午前中はスーパーに足を運び、贈り物は和菓子か洋菓子がいいかで迷ったり、この際フランクにドーナツとか、いやでもやっぱり見栄を張ってゼリーに、とか散々迷った挙げ句、お饅頭を買ってしまった。微妙なチョイスである。
しかし……基本的に私は、チャイムを鳴らすのが苦手だ。
タイミング、音、そして何より、あの待っている時の感覚。
緊張するのだ、どうしても。
……そもそも、ここが柿本さんの部屋だという確信は、無い。只、五階だと聞いていたから、表札さえあれば……! と半ば投げやりに考えていたのだ。
あった、けど。
……緊張で、心臓がタップダンスしそうだ。
「柿本ってここだけだし、うん、大丈夫、ね」
自分に言い聞かせるように、ぶつぶつと言葉を呟く。
……後ろ、人が通ってないといいな。そう思って、一歩後ろに下がってから通路の左右を見渡す。誰もいない。
「……(……腹を、腹を、括るぞ!)」
もう半ば切腹する武士みたいな意気込みである。そう思うと、少しだけ力が抜けて、その隙にえいっ、とチャイムを鳴らした。
……ああああああ……押しちゃった……。
「……」
ピンポーン、という音が、ドアの奥から聞こえてくる。
ただ……その後に反応する音は、無い。は、早く出てください。
……も、もしかして、誰もいない、とか。
うわー、そしたら赤っ恥じゃん、何やってんの私……! 「ん?」「うぉわー!?」
羞恥心から足元を見つめていたら、いきなり上部で声がして、思わず一歩飛び退く。
た、多分私、今凄いコミカルな動きをしたと思う……!
すぐに顔を上げれば、そこには金髪の……、……この人怖い! 柿本さんも怖いけど! 不良みたい!
鼻の辺りに傷跡、鋭い目、……なんかワイルドな人だな!
「あああああのっ……、すいません、えと」
「……」
「そう、そうだ、ここって柿本さんの家じゃないんですか? ひ、人違いでしたらすいません……!」
ひえええええ今もう頭の整理つかないよ、怖いよー!
その人もその人で、じっと私を見つめたままだ。
こ、これが世に聞く、蛇に睨まれた蛙……!?
握りこぶしにもっと力を入れて、地面を只ひたすら見つめつづける。
その時。
「何やってんの……犬」
最近になって、聞きなれた声がした。
……け、けんって、なに?
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