か、柿本さん!
思わず、救世主を見たかのような声を上げそうになった。
慌てて飲み込み、柿本さんの顔を見つめるだけにとどまる。
柿本さんは、私を一瞥すると「何やってるの、犬」と先ほどと同じような言葉を並べた。
け、犬ってこの不良さんの名前かな……そう思いながらびくびくしていたら、「ああ!?」何ー!?
い、いきなりこの犬さん(暫定)が叫ぶ。こ、これはアレだ……えっと……メンチ切ってる状態! うんそれだ!
しかし、柿本さんは動じず、むしろ眉を寄せて若干不機嫌。
「柿ピーが出て来いっていったんらろ!?」
「うるさい……」
「何らとこの不気味メガネ!」
「……殴るよ」
……ちょ、私放置気味ですか!? いやいいけど! ていうか、犬さん、凄い舌っ足らずだな……! 見た目とギャップが……、ってそうじゃなくて!
「っあの!」
「んあ!?」「何?」
「えっ、あっ、」
二人が同時に喧嘩をやめる。
だ、だから怖いってば……!
泣きそうな気持ちを堪え、私は腕を突き出した。そして思った。これを渡したら帰ろう、と。
「……っあー……あの、これ、この間のストラップの、お礼です」
「? 柿ピー、コイツにストラップなんかやったんれすか?」
「あ、いえそうじゃなくて……」
理由を話そうとしたら、大きな溜息が聞こえた。
「……上がれば」
柿本さんからの提案に、私は少しだけ呆けた。
「……」
お二人の部屋は……私の部屋と構造が同じ筈なのに、不思議な感じでした。うん。
何故ある一定の場所だけ散らかってて、もう一方には綺麗に畳まれた洗濯物があるのだろうか。
散らかっている場所には、お菓子の袋、コップ、ゲーム機……。
……これ、もしかしなくても犬さんがやったのかな。
そう思いつつじろじろ見ていたら、視界に何かが立ちはだかった。
「あんまじろじろ見んな!」
あ、やっぱり犬さんのなんだ……。
犬さんは、足で色々なものをどかすと(ずぼらだ)、そこに座り込んだ。床座派らしい。
「適当に座ってて……お茶持ってくる」
「え? あ、いえおかまいなく……」
柿本さんにお饅頭を渡そうとしたら、横からにゅっ、と手が伸びてきた。
私は思わず、手から力を抜いてしまう。
手の正体は犬さんだった。
犬さんは、袋を開けて、中をのぞきこんでいる。
「何れすかこれ……あ、まんじゅー」
「……」
柿本さんが、ふう、と小さく溜息をつくと、眼鏡のフレームを指で押し上げ、「いってー!」……犬さんの頭を思いっきり殴った。
ごん、という鈍い音がしたから、かなり痛いと思う。殴られたほうも、殴ったほうも。
しかし、柿本さんは涼しい顔をして、犬さんの手から饅頭の袋を奪うと、すたすたと台所の方へと行ってしまった。
……残るは、涙目の犬さんと私だけである。
「……あの、大丈夫、ですか」
「……うー……見りゃ分かんらろ……」
「あ、そ、そうですよね……すいません……」
会話が無くなり、しーん、と空気の音がする。
は、早く来て……柿本さん……。
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